九話

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九話

  俺はあれから一時間は全然寝れなかった。   月澪様はすやすやと眠っている。時折、浴衣の襟からけしからんものがちらちらと見えていた。おい、優月様。早く嫁さんを引き取りに来てくれよ。俺は浮気相手に選ばれたかねえ!!   胸中で叫んだ。が、無情にも旦那は来ない。一体全体、どうしたら人型とはいえ、龍と不倫って事になるんだよ。誰がこんな嫌がらせ考えやがったんだ。て、俺か。はあ。もうどうでもいいから早く朝が来ないかなあ。つらつらと考えていたら夜は更けていくのだった--。   翌朝、浅い眠りにつく事はできたが。それでも寝不足気味だ。横にいた月澪様はすっきりとした顔をしている。けっこう文句を言いたいが。相手は神様だからと怒りを抑えた。 「……おはよう。雄介さん。もう朝じゃな」 「……おはようございます。よく眠れましたか?」 「それはもう。横に人がいるのはやはり良いのう。独り寝では寒い時期が嫌でな。すまぬ。雄介さん」   月澪様は苦笑しながら謝ってきた。ちょっとは俺が寝不足気味なのがなんとなくは分かったらしい。 「今後はこのような事はせぬ。もしやってもらうんじゃったら本物の人間の女の子にしてもらうが良いぞえ」 「わかりました」 「……では。もう嵐月と月華も来るじゃろうから。わたくしは行くぞえ」   びゅうと凄い風が起こり目を閉じた。腕で両目を庇うとごおっと唸る音がする。しばらく経って目を開けて腕をどけた時には部屋には誰もいない。月澪様は龍型になって外へ出て行ったようだ。俺はほうと息をついてベッドから降りたのだった。   その後、朝食を食べた。母さんや父さんはいつも通りだ。俺は月澪様の事は何も話さずに食事を終えた。   歯磨きと洗顔をすませて自室にて着替えた。荷造りをしたいが。眠気が来てしまい、大きな欠伸をする。   気がついたらミニサイズの嵐月がちょこんと机の上に座っていた。 『……雄介。昨夜はすまなかったな』 「……嵐月か。謝らなくていいよ。月澪様、俺とは何にもなかったしさ」 『でも。目の下のクマ。酷いぞ』   おずおずと言われて俺は慌てて手鏡を取った。見てみたら確かに目の下にはくっきりとクマができている。 「本当だな」 『今日は悪霊退治は中止だ。部屋でゆっくり休め』 「……だが」 『じゃあ。今夜は私が添い寝しようか?』 「うわ。それは断る。なんで野郎と一緒に寝ないとダメなんだよ」   俺がすかさず答えるとクックッと嵐月がおかしそうに笑った。 『……冗談だ。なら決まりだな。今から寝ておけ。寝不足でケガでもされたら困るしな』 「……分かったよ」 『じゃあ。私は見回りをしてくるから。今日から二日間くらいは休養しろよ』   嵐月はそう言うと窓からミニサイズのままで去っていく。俺はそれを見送ったのだった。   その後、仮眠を取った。母さんが心配してお雑炊と摩り下ろしたリンゴを持ってきてくれた。体温計も渡される。心配し過ぎだと言うが。熱は測っておきなさいと母さんは譲らない。仕方ないので体温を測る。一分をちょっと過ぎたくらいでピピッと電子音が鳴った。液晶画面を見たら三十七度六分と表示されていた。 「……やっぱりねえ。顔が赤いのと朝ご飯を残していたのと。私の勘が当たったわね」 「本当だな。ごめん。今日はおとなしく寝ておくよ」 「そうしなさいな。仕方ないわね。後で母さんが運転するから。病院に行って診てもらってね」   こくりと頷く。母さんは慌ただしく自室を出て行った。俺はお雑炊をチミチミと食べたのだった。   そうして近所の内科のクリニックに母さんに連れて行ってもらう。自動車でだが。俺が住む街は適度に都会で適度に田舎だ。それは今は置いとくとして。受付で診察カードなどを見せて病状の書き込み用紙をもらった。母さんは自動車の中で待機中だ。待合室のソファにて借りたボールペンで用紙に名前や病状を書いていった。出来上がったら受付に持っていく。ちなみに今はマスクをつけている。用紙を渡したら「待合室でもうしばらくお待ちください」とお姉さんが言った。頷いて再び待合室に戻る。 「……光村さん。光村雄介さん!」   俺の順番が来て看護士さんが呼びに来てくれた。返事をしてソファから立ち上がる。診察室に入った。クリニックの院長先生が白衣姿で迎えてくれた。 「……おや。光村さんですか。久しぶりですね。今日はどうしました?」 「いえ。ちょっと熱が出ていまして」   そう言うと院長先生は受付から渡された用紙を確認した。 「ああ。だるさとくしゃみなどがあるんですね。んじゃ、今からちょっと喉を見ますよ」   こくりと頷いた。先生は鉄製の平べったい棒とペンライトを用意して俺の喉を見てくれた。胸や背中に聴診器を当てて心臓や肺の音を聞いたりもした。一通りの診察が終わると先生はふむと唸った。 「……これは。風邪のようだね。今は夏だし。いわゆる夏風邪ですね。こういうのは治りにくいから。気をつけてくださいよ」   先生はそう言いながらカルテに記入していく。さらさらと書いて看護士さんに手渡した。診察は終わり看護士さんに「待合室でお待ちください」と言われた。その後、お金を払い、お薬手帳などをもらった。薬局にも行ってお薬を受け取りに行く。全部で四種類ほどもらったが。薬局を出るとうっすらと夕暮れ空になっている。それを見ながら母さんのいる自動車もとい、駐車場に向かったのだった。
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