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ガチャリとシートベルトをしめ出発した。私はいつも通り助手席に座った。バスの様にその都度停留所で止まらないので、二人でのこのドライブは時間が足りずにいつも少しの会話で終わってしまう。それでも毎回の会話の中身を取りこぼす事無く拾い続け、その大事な作業があるおかげで私の心の中の彼はどんどん素敵な人になっていく。彼は犬を飼っている。帰宅するなり一目散に走って来て顔をペロペロ、そして何処へ行くにもついて来るなつっこい犬だという事。そしてお姉さんが一人居る事。元々実家の花屋を一緒に手伝っていたが、結婚して彼一人に任せてしまっている事を深く心配しているそうだ。
「あ、そうそう。私この間花の本を買ったんです。毎回どんな花なのかも分からずに色や見た目で買ってしまうから、少しでも名前やその花の持つ意味を覚えたくて。」
「いやあ花屋としては花に関心を持ってもらえる事は嬉しい限りですよ。」
彼はそう言うと目を輝かせ嬉しそうにしてハンドルを握り直した。その彼の何とも嬉しそうな表情が心に染み込んでくる。右側のガラス越しに見覚えのある建物が見えた。そしてそれを見るなりとてつもない寂しさが襲ってきた。
まだここに居たい。彼を隣で感じていたい。
あと少しでいいの。
あと少し、あとほんの少し。
あと五分でいいから…。
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