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「みーちゃんあのね、お母さん、ちょっと困ってるのよ」 電話を取るなり母はそう言った。 怪談ナイトの件で素姓がバレたかと思い、もしや怒られるのではと身構えたが、続いた内容は全く予想外のものだった。 「前田さんに連絡取れる?」 というのだ。 「んー?連絡取ろうと思ったら取れると思うけど、どうかしたの?」 安心してそう問いかける。 「よかった。前田さんにウチまで来てくれるようにお願いしてくれないかな」 なんと。 「なんでいきなり前田さん?」 と聞くと、母は昨日起こった出来事を話し始めた。 昨日、朝のお務めを終えてから本堂に隣接した自宅に戻り、さて洗濯でもと思っていたところ、玄関のチャイムが鳴ったのだという。 午前中に来客なんて珍しいと思いつつ玄関をあけると、そこにいたのは小柄な母よりもさらに頭一つ分背が低い、小さな女の子だったそうだ。 その姿を目にした母は咄嗟にひれ伏した。 面識はなかったが、その少女が人でないのは一目でわかった。 現代の洋服を着て、髪は肩までのセミロングで、赤い靴が可愛らしい普通の女の子。 しかしそれは見た目だけのことで、まぎれもなくどこぞの神様であるのがわかったそうだ。 ウチの神様は何の反応もなし。 警戒する様子も歓迎する様子もなく、興味深そうに見ているようだったと母は言った。 とりあえず本堂ではなく自宅の居間にお迎えしてお茶を出した。 少女の姿をしたどこぞの神様にはお付きの老人が1人。 その老人はどうやら人間のようで、背広を着ているが神職の雰囲気がしたという。 お茶とお菓子を用意して少女と老人の前に並べる。 少女は「ありがとう」と言ってお菓子に手を伸ばした。 無表情のようで、かすかに感情が読み取れる、不思議な感じ。 「ウチの神様は感情表現が豊かだからねえ」と母は笑った。 お茶とお菓子をお代わりしてから少女は要件を切り出した。 いわく、 「ウチの眷属がうっかりタラチヒメの山に山菜を採りに入って帰ってこない。あのキチガイ女に話をつけて眷属を戻したいのだが、いくら念を送ってもナシのつぶて、全く反応が無くて困っている。お前ならタラチヒメと連絡が取れるだろう?」 とのことだった。 そこで母はすっかり困ってしまった。 前田さんの一件でタラチヒメ様の御姿を幻視したとはいえ、直接お会いしたわけでもないし、やりとりなんて全くない。 ほんのちょっとだけ縁が繋がったことがある、それだけの関係なのだ。 そう説明するも、少女の姿をした神様は「なんとかしてくれ」と言う。 あまりにも無茶な頼みにほとほと困り果てた母は、一か八か前田さんに協力してもらおうと考えたのだという。 「だ、大丈夫なの?そんなお願い聞いちゃって」 「とっても不安。でも相手も神様だから無下に断るわけにもいかないし、ウチの神様とも打ち解けてらっしゃるから、なんとかして差し上げないとウチの神様の面目が立たない気がして」 はあ、とため息をつくのが聞こえる。 母いわく、昨日そのまま我が家に泊まった少女と老人は、要件を伝えると事は済んだとばかりに、本堂や境内でウチの神様と遊び始めたという。 夜通し本堂からドッタンバッタンと音がするので、父も母もグッスリ寝られなかったのだそうだ。 父は今朝から本堂に呼ばれ、少女の姿をした神様が見物する前で老人が行司を務め、ウチの神様と相撲を取らされているという。 ウチの神様も珍しい来客にテンション上がってしまって、かつてないほどのはしゃぎようなのだそうだ。 いい歳して全力で相撲を取らされる父の姿を想像して笑いがこみ上げる。 くくっと漏れた笑い声を聞きとがめて母が文句を言う。 「もう。こっちは大変なんだからね?お父さんだって病院に行かないといけないのに」 「あー。あの件まだ終わってないの?」 かなり厄介な案件を抱えていたのを思い出した。 「もう少しだと思うんだけど、まだ終わってないわねえ」 とため息をつく。 母のため息をこんなに聞くのは珍しかったので、茶化したことを少し反省する。 「わかった。これから前田さんに連絡してみるから、少し待っててね」 「お願いね」 そうして電話を切った後、LINEを立ち上げて前田さんの名前を探す。 「ご無沙汰しております。民明書房の篠宮です。お電話かけても大丈夫でしょうか?」 と送ると、数分と経たず前田さんから直接電話がかかってきた。
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