5 ほろ酔いゆらゆら 牛車に揺られて冥府いき

35/36
前へ
/230ページ
次へ
 ちらりと百合を見て、八咫は気まずそうな顔をする。 「……怖くなければいいんだが」 「えっ、私がですか? それはないです! 八咫さんすっごくきれいじゃないですか!」  幽玄を体現したような姿に、百合は感動さえしていた。  彼の顔の造形の美しさに胸がふるえることはなかったのに、いまは熱いものがこみ上げてくる。  カバンに逃げこんだところからして、鹿野にすれば怖いらしい。  カバンは肩にかけず、百合はなかにおさまった鹿野を抱きしめるようにする。 「そ……そうか? きれいだなんて、そうか……きれいか。そんなこと誰かにいわれることなんてないからか……はずかしいものだな」  照れた八咫に先導し、まず功巳から牛車を降りていった。  地面に足をつけた百合は息を飲んでいた。  空がすべて一枚の水で覆われている。寄せ返す光のさざ波をつくり、水の一粒も落ちてこない。  水底から仰ぎ見たなら、水面はあんなふうに見えるのもしれない。水底にいるのと違って呼吸ができる。  水がたゆたっているだけだというのに荘厳さがあり、ゆっくりそこで眺めていたくなるものだった。 「すごい……」
/230ページ

最初のコメントを投稿しよう!

45人が本棚に入れています
本棚に追加