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八咫も国刺当主も、口元は笑っている。犬猿の仲――そう察せられるふたりのそれが笑顔でないことは、子細を知らない百合にもわかることだった。
「ずいぶんと九重に――九泉に肩入れするな。うまい汁でも吸わせてもらっているか」
「清巳たちと行動しないでいるおまえにはわかるまい。いくらでもうまい汁とやらを夢想していろ」
ふん、と鼻を鳴らし、国刺当主は清巳に顔を向けた。今度のその顔は正真正銘の笑顔になっている。
「きよ、報酬を決めた」
「交渉開始ですね」
「交渉ではない、決定だ――儂におまえの子を産ませろ」
百合は我が耳を疑い、国刺当主を見つめた。彼女は冗談をいっていない――真剣だ。
急激に顔が熱くなってきて、それぞれの顔を確認していく。
どの顔も驚いておらず、下を向いて息をついている。
「わ、私たちここにいないほうが……」
百合は囁き声で提案する。恋愛事に居合わせるのははじめてだった。
が、すかさず功巳が首を振る。
「なにいってんの、いいんだよべつに」
「ですが、告白するときはふたりきりのほうが、ムードというか」
「ああ、違うよ、ごりょうさんは昔っからこういうこというの。ただし本気なんだよねぇ」
功巳はお膳を脇に避け、膝立ちで前に進み出た。
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