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彼女たちが嗤っていたのは、百合から漂うこのにおいのことだ。
なにかが腐ったような、どこか甘く吐き気を催させるにおい。
いつからか正確には思い出せないが、初夏にはこのにおいを嗅ぎ取っていたのは確かだ。
そのころ会社を寿退社をした経理担当者に鹿野という女性がおり、彼女の送別会のすこし後に百合は衣替えをしていた。
送別会で鹿野が選別にと配ったギフトがあり、そこにリネンのハンカチが入っていた。夏にうってつけのリネンのブラウスがあることを思い出し、百合はいそいそと模様替えに手をつけたのだ。
――あのころには、まだにおいはなかったはずだ。
指先で鼻をこする。
「あ、でも」
模様替えで出したリネンのブラウス、それを会社に着てきて、百合の鼻はにおいを感じ取った。
そのときがはじめてだった。
ブラウスのどこかが黴びたのか、とにおいの出所に首をひねった。ギフトに入っていたハンカチを鼻に当てたが、そちらは無臭だった。いったいなんのにおいだろう、と戸惑った覚えがある。
自分のにおいは本来気がつきにくいのだと、どこかでそう聞いた。なのに百合本人に自覚があるのだ、同僚のふたりにしてみれば、辛辣な態度も否めないほどひどいものかもしれない。
百合は一歩踏み出す。
背中で重量のある扉の閉まる音を聞き、百合は首から下げた社員証の入りのカードホルダーを指先で弾いた。
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