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冥府での薬の管理は、八咫が請け負っていると聞いていた――自分の商売を愚弄されるのは、今回がはじめてではないのだろう。訪れる前からの国刺に対する構えで、百合はもっと交渉が難航する可能性を考えるべきだったかもしれない。
張り上げられた声に、空気が揺れ火花が散っていく。
「きゃ……っ」
驚いた百合が思わず悲鳴を漏らすと、カバンのなかで鹿野が暴れ出した。
「ま……待ってっ」
百合がカバンを抱えたが、それは間に合わなかった。
「し、鹿野さんっ」
座敷に飛び出した鹿野は前転して功巳の膳にぶつかり、体勢を立て直すと大きく頭を振った。
「……なんだ、報酬持参できていたのか。ずいぶん気がはやいな。そいつが丸ごとというなら、毛皮と牙が取れていいな。モツは薬膳になるしなぁ」
「違います!」
百合は叫んでいた。
「鹿野さんは渡しません! 鹿野さんは商品じゃないです、九泉香料の従業員です!」
ゴロゴロとのどを鳴らし、鹿野は四肢に力を入れた。そして百合の前にまわりこみ、国刺当主への盾のように立ちはだかった。
「鹿野さん……!」
勇ましい姿だが、いかんせん身体がちいさい。
「いくら八咫が鳴きわめいたところで、ここは儂の領分だ。気分が悪いなぁ。百年ばかり、儂の機嫌は戻らぬかもなぁ」
「……なにをいいたい」
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