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「機嫌が直るまで、おまえらはここで下を向いてじっとしているか? 八咫なら飢え死にはないだろうが、ほかはどうだろうなぁ。飢えて渇いて、さぞかし辛かろうなぁ」
牛の話していたことだ――許しがなければ、水堀はたやすく通過できない。
それには国刺当主の許しがなければならないのだろう。
八咫の周囲で黒い火花の音が幾重にもなり、迂闊に手をのばせば怪我をしてしまいそうなほどになっている。
そこには鹿野の火花が加わっていた。
鵺の全身の毛が帯電によって白く逆立っていく姿に、国刺当主は手を打って笑った。
「おお、鵺の雷鳴か、ずいぶんと恐ろしいことだな。だがそんなちびすけの雷など、なにかの役に立つのかな?」
揶揄する声に、鹿野が前傾姿勢を取った。
「ちびじゃないぞ!」
はじめて聞く、おさない声がした。
車を引いた牛もしゃべるのだ――鹿野が言葉を操ったところで、なにもおかしくない。
「ううんっ」
鹿野がもどかしげに身をよじる。その身体から火花と光がほとばしり、地から天へと稲光が奔っていった。
音はなく、だが衝撃が起きていた。
座敷のみならず、空間をふるわせて――消えていく。
「……残念だ、なにも起こらなかった」
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