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巨大な鵺は足下の黒い首たちを踏み、上がった悲鳴をものともせずに近づいてくる。
「大きいなぁ」
功巳はなぜか居住まいを正し、正座をしている。
周囲に目をやれば、国刺の屋敷が深い川底にあるのだとわかった。
天上には水は一滴もない。そこにあった水が落下した。ずぶ濡れになった屋敷の垣根、見通せるその先の空間は、嵐のあとのようにぬかるんでいる。
泥濘の飛沫をまき散らし、鵺は近づいてきていた。
高い場所では、欄干から身を乗り出した冥府の住人たちが、わらわらと川底をのぞきこんで騒いでいる。急に川から水が消えたのだ、騒動になるのは無理もない。なにを話しているから皆目見当がつかないが、指をさし興奮気味に騒ぐ姿がずらりと並んでいる。
「こんな真似、許すと思うか」
歯ぎしりをする国刺当主の視線から守ろうと、百合は鹿野を抱えて身体を丸める。
「だって閉じこめて飢えさせるっていったもん。やられる前に叩き潰せって、母ちゃんがいってたもん。助けが必要だったら、俺になんかいえって。俺が声を出したら、助けにきてくれるって。母ちゃんはやさしいんだぞ」
巨大な鵺との距離が狭まると、その一歩一歩に地響きが起こって聞こえた。
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