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1 鼻つまみ うつむく先に 拾う神
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如月百合の耳に、また今日も聞こえてきた。
「やっぱにおうよね」
ちいさな声だ。
ちょっと笑っていて、聞こえよがしな響きがある。
「困っちゃうよね、あれ」
くすくすと含み笑いをする声と、それにこたえる笑い声。どちらにも侮蔑が含まれていた。
「自分がくさいのって、わかんないのかな」
給湯室につながる廊下のはじで、百合は息を殺していた。
「あのにおいで? あれでわかってないとか、さすがに鈍感すぎるでしょ」
ドアのない給湯室から聞こえる声は、百合の知るものだ。
同僚の芝田と小境――彼女たちの会話はそれから移り変わり、楽しそうに笑う声が聞こえてくる。
腕時計を見れば、始業時間まであと十五分ほどあった。
そっと百合は廊下を戻り、非常階段への重い扉を開く。
開いた瞬間強い風が吹きつけ、前髪や肩に落ちていた髪が踊った。
「わ……っ」
ちいさな声が漏れると同時に、吹きつけていた強い風は止んでいた。
あたりが無風になったとき、百合の鼻は濁った重いにおいをとらえてた。
――ひどいにおい。
給湯室から聞こえた笑い声が、耳の奥でよみがえる。
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