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 二酸化ケイ素の礫砂漠に大仏が鎮座していた。  膨大な鉄屑から鋳造した金属板を、叩いて継いだだけの大きなブリキ人形。その大仏を中心として半径2kmほどの領域が人類の生活圏である。市場、旅宿に売春宿、金貸し、機械工。町医者も1件ある。しかし寺はない。  大仏は、坐した毘盧舎那仏を模したものであるが、ここ“B2-マジュンガ地区”の大仏も、多分に漏れず、長い時を経て信仰が形骸化した結果、螺髪で埋められた頭頂部には可笑しな烏帽子様の高い飾りがついているし、胴体のあちらこちらに汚いスラングが書き殴ってあった。  しかしながらこの大仏の加護を受けなければ、人類は生きていくことができない。  その加護が及ぶか及ばないかというちょうど境のところに、刺すような太陽光を浴びて、少年と少女が立っている。  少年の方は“マジュンガ地区・対雌性ゲンラ機動班”の副班長デイゴ・カツラの一人息子であり、父譲りの勇敢さと頑固さを持っていた。  『我らのプライドは火よりも熱く尊いものである』との教えを受けて育った十三歳のトリアメルにとって、決して引くことは許されないチキンレースだった。 「トリアメル! それ以上意地張ってっと、取り返しの付かんことなる!」 「うるせえ! 女に負けてられるか」  取り囲む野次馬の悪ガキどもは、もちろん幼なじみの少年を応援していたが、トリアメルの顔が次第に青ざめ、滝のような汗をかいている様を見て慌てていた。誰か大人が来て止めてくれることを願うばかりである。  少女の方の素性を知るものはその場にいなかった。春の烟った空みたいに、肌が白い女の子だった。  トリアメルと正対した少女は、少年と同じように袖をまくった腕を、仏の加護が及ぶ範囲の外に水平に突き出して凛と立っている。一筋の汗が頬を伝うが、顔は涼しげで強がっているようには見えない。 「おまえはなんなんだ……。どこから来た……」 「せっかく買ってやった喧嘩なんだから、少しは黙ってたら?」  少女が可憐に微笑んだとほぼ同じタイミングで、トリアメルの左腕が音もなく発火した。取り巻きの子どもたちは恐れをなして逃げ出す。  トリアメルは絶叫しながら、腕を“加護の内”へ引き戻したが、既に手遅れで骨の芯まで燃え始めていた。火は内から燃えるのだ。激痛が彼を襲う。  少女は勝利に満足し突っ立ったまま、のたうちまわる少年を冷徹に見つめていた。ゆえに自身の後ろに直立する者の存在に気がつかなかった。  ーー燃える屍。  全身が発火している人型をした何かが、ちりちりと燃えるトリアメルの腕を掴み、物凄い力で“加護の外”へ引きづり出した。少女は生まれて初めて目にした炎人ーーエンジンに対して、畏怖と好奇心を抱きながら、必ずや言おうと決めていた言葉を放った。 「私も連れてって!」  まだ若いであろう緑炎をまとった炎人(エンジン)は、次第に全身へと延焼しもはや動かなくなったトリアメルに注意を向けるばかりで、少女を一瞥することもない。  無視を決め込まれた少女は、何を思ったのか、立ち上がり、地を勢いよく蹴りだすと、炎人(エンジン)を包んでいる業火の中に飛び込む。そしてまるで初恋の実った少女のごとく、強く抱きついた。少女が纏っていた人工繊維のワンピースが燻る。    流石にこれには炎人(エンジン)も意表を突かれたようで、途端苛立ちをあらわにし、少女を跳ね飛ばした。地面に散らばる礫が少女の薄い皮膚に傷をつけた。血が滲む。  炎人(エンジン)は億劫そうにトリアメルを右の肩に抱え上げる。  その時だった。後方から飛んできた1発の高エネルギー体の弾丸が炎人(エンジン)を吹き飛ばす。怒りに炎を膨らませて、自分を傷つけたものの発射源に向かって吠える。何かがこちらにやってくる。
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