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「シツギ。ナイスショットだ」 「お褒めの言葉、ありがとうございます」 「こちらこそ、ありがと」  ネクタイにワイシャツ姿の若い男がダガーナイフを構え、標的に向かって砂地を疾走しながら、遠方に控える狙撃手に次なる指示を送る。 「炎人は南のテリトリーに逃げる算段だ。ヤツは単独行動だ。きっと止められる。先に南に回っててくれ」 「かしこまりました」  砂漠の向こうで黒い影が動き出した。図体のでかいマトリョーシカが南へ向かう。地面から30cmほど浮いたそれは、人工知能を積んだ”小型仏舎利”の運搬用コンテナである。“ポーター”と呼ばれ、“加護の外”へ出る際には必需品であるが、それなりに高価な代物のため個人所有する人間は限られていた。  ゆらりと立ち上がった炎人は、予想通り南を向いて今にも走り出そうとする。 「くそ! 待ちやがれ! 炎人!」  振り返った炎人であったが、向かってくる敵までの距離を見て余裕を覚えたのか、大口を開けた。喉の奥で小枝が爆ぜるような音を立てて笑う。  その笑い声が、再び少女が抱きついてきたことで途絶えた。振り解こうと身体を激しくゆするたびに、立ち上る炎が揺らめいた。 「なんだあのガキは。死ぬ気か?」 「もったいないですね。まだお若いのに」 「ガキを2人も燃やすわけにはいかない」  思わぬ足止めをくらった炎人がようやく少女を払い除けたとき、男はとうとうターゲットに追いついた。  彼は少女以上に炎を恐れない。少女のそれは無知と憧憬からくるものであったが、彼のそれは熟知とある種の諦観から来るものであった。  燃えても仕方ない。それは諦めというよりも、受容という方が近いのかもしれない。  彼は対峙する若い炎人に果敢に挑む。ダガーナイフは耐火性はもちもんのこと、炎人の驚異的な自己再生能力を遅らせる薬剤が塗ってある。ガリアルバ地区の商人から買った胡散臭い薬剤だったが、これまで6体の炎人の心臓を貫き、殺した。  だがそんな輝かしい戦績があったものの、もはや単なる炎の塊と化してしまったトリアメルを傷つけまいとするあまり、ダガーナイフは虚しく宙を切るばかりだった。 「キーロさん。不味いことになりました」  インカムに響く合成音声。シツギからの応答である。『どう不味いのか』と聞くまでもなく、自身の目で確認できた。南から2頭のモントウシが走ってくる。首の長い猪のような生物。1対の大きな角を振り乱し駆けるその片方の背に、淡い青の炎をまとった別の炎人が載っていた。 「お迎えがいたのね。……絶対生きて帰さねえからな。畜生」  キーロはこちらへ駆けてくる敵の到着時間を見積もった。30秒といったところか。  キーロはやや大きめでダボつくボトムスの右裾を掴むと、勢いよくめくり上げた。そこに見えるのは生身の足ではなかった。  物々しい銀色の義足。その中には最上位クラスの性能を持った仏舎利が組み込まれている。30秒もあれば、あの2頭のモントウシを滅するくらいの火力はチャージできる。  トリアメルを拐おうとしていた炎人が、これから起こることを察してキーロに掴みかかろうとしたが、遠方に構えるシツギの的確なスナイプによって足止めを喰らう。  キーロは右脚を敵に向かってまっすぐ伸ばして構えた。複雑な動きをして右の足が展開し、銃口が覗いた。高周波が生じて、キーロの身体が震える。日の光を浴びて仏舎利がエネルギーを増幅させる。  砂塵を巻き上げ近づく炎人は、こちらに気付いていないのか、一定の速度を保ったまま向かってくる。頭からやけに大きな炎をなびかせている様子から、長髪であることがわかった。  右足が煙を上げる。そろそろか。溜め込んだエネルギーが行き場を求めて震えている。  しかし、虚しくもキーロの一撃必殺の攻撃はその機会を与えられなかった。  キーロは頭に鈍痛を喰らい、そのまま砂漠に倒れ込んだ。近くに立っていた炎人がキーロの頭を蹴りを放ったのだ。  意識が遠のく中、南に目をやると、相棒のシツギが4人の盗賊に捕らえられていた。  援護を得られなくなったキーロはなす術なく、その意識は砂地の奥深くまで沈んでいって、遂に途切れた。
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