第十一話 焦げたチーズとトマト

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第十一話 焦げたチーズとトマト

「はー。疲れたー」  香水店を出て角を曲がった所で、クレイグが肩を揉みながら腕を回す。 「疲れた?」 「あの手の店は緊張するだろ? 前に王子の護衛で入ったが慣れないな」  王子の買い物であの店に入ったと聞いて、何故かほっとしてしまう。 「あの……ありがとうございます。また買って頂いてしまって」 「ああ、買わずに出れる店の雰囲気じゃなかったからな。俺にはやっぱ香油か石けんくらいが合うってことだ」  クレイグは香水に憧れがあるのだろうか。それなら、お礼も兼ねて作ってあげたい。 「……もし、どうしてもということでしたら、材料を揃えればもっと穏やかな香水を作ることができます」 「そうか。それじゃあ、香油と石けんと香水を頼むか」 「はい!」  服と靴と香水を買ってもらってしまった。期間限定であっても高価な物ばかり。私の知識で何かを返せるのなら、最大限返したい。 「騎士で香水を使う方はいらっしゃるのですか?」 「ああ。貴族出身の騎士は付けてる奴が多いな。ただキツイ匂いの香水付けてる奴は大抵、体臭が酷い。体臭隠しのつもりなのか逆に強調するだけだって言ってやりたいが、同僚とはいえこっちは平民だ。我慢するしかない」 「それは仕方ないですね。香りは慣れてしまうと自分で匂わなくなっていくので、着け過ぎになりがちです」  古城に集められた令嬢たちは年齢も若く、強い香水を使っている方は二名しかいない。その令嬢が通った所は、後で匂いが辿れるくらいに残り香が漂う。  話しながら歩いて着いた先は賑やかな食堂。大きな窓は全開で、広い店内が外から見渡せる。ざっと見た所、女性客が多い。 「そろそろ昼飯だろ?」 「そうですね」  正直に言えば、あまりお腹は減っていない。食後の果物といい、騎士であるクレイグには足りていないのかもしれない。  庶民のお店でも客層は良い雰囲気。賑やかなのも、客が談笑しながら食事をしているからで、胃を満たすだけの安い食堂とは全く異なっている。 「ここは個室はないからな。我慢してくれ」 「我慢だなんて。とても素敵なお店だと思います」  木で出来た床は美しく磨かれていて、壁には植物や雑貨が飾られている。朝入った料理店とは全く違っていて、雑多でありながらお洒落な生活感。  お昼の繁忙期は料理が決まっているらしく、着席すると同時に料理がテーブルに並んでいく。 「美味しそう!」  顔よりも大きく平たく伸ばした大きなパンの上に、具材とチーズを乗せて焼いた料理。焦げたチーズの香ばしい匂いが食欲をくすぐる。 「最近、隣国で流行っている料理だそうだ」  クレイグは二つ折りにして、大きく口を開けてかぶりつく。美味しそうな食べ方だと思っても、女性としては外で大口を開けるのは恥ずかしい。  そっと周囲を見回すと、女性でも同じように食べている人がいて感心してしまう。ここでは自由に食べていいらしい。とはいえ、隣のテーブルに座る女性と同じように少しずつちぎって食べることにした。 「焦げたチーズというのは、どうしてこんなに美味しいのでしょうか」  何かが焦げた匂いというのは、大抵不快なもの。ところがチーズの匂いは食欲を刺激して止まない。焦げる直前、パリパリと固くなったチーズもたまらなく美味しい。 「たしかに美味いな」  パン一つを食べきると給仕が次のパンはいるかと聞きに来て、いると答えると皿の上に新しいパンが置かれる。クレイグは面倒だからと十個を置かせた。テーブルの上が皿で埋まった。 「いろんな具材があるのですね」  私が食べているのは、ホワイトソースと塩漬け魚、キノコが具材。今、クレイグが口にしているのは、赤いトマトソースがはみ出ている。 「食べるか?」  美味しそうだとじっと見ていると、クレイグが食べていたパンを差し出した。 「あ、はい」  クレイグの食べ掛けを受け取って、ふと気が付く。これでは間接的に口づけになってしまう。パンの端にはソースが掛かっていないから味は無い。味を確かめる為には、クレイグが食べていた部分を口にする訳で。  次のパンを食べているクレイグの唇に目が行く。他人の食べ掛けなのに、嫌悪感がないのが不思議でたまらない。  「ん? ああ、新しいのを頼むか? 残ったら俺が食う」 「え? だ、だ、大丈夫です。いただきます」  私が考えていたことを知られてしまっただろうかと焦ると羞恥が頬に集まっていく。一口かじると、トマトソースとひき肉、刻まれた野菜とまろやかなチーズの味が口の中に広がる。美味しい。 「美味しい!」  トマトとチーズの相性の良さに頬が緩む。この組み合わせを考えた人は天才だと言われても納得できる。 「それは良かった。他のも一口ずつ食べてみるか? 残りは俺が食うから」  笑顔のクレイグに勧められるまま、私は十種類全部の味を堪能した。
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