第十八話 果物宝石屋

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第十八話 果物宝石屋

 脚の長さは服の上から測られた。初めてのことで全く理解できない。 「あの……二人乗りの鞍というのは?」 「おお。普通の鞍より……」  答えようとしたカーティスの口をクレイグが手で押さえる。 「出来上がってからのお楽しみだ」  口の片端を上げた意地悪な笑顔で片目を閉じられると、どきりとする。解放されたカーティスが大声で笑い出した。 「と、という訳で出来上がるまで秘密だな」  笑い過ぎて腹が痛いと身悶えするカーティスを置いて、私たちは馬具屋を出た。  静かな街並みを並んで歩くと、手が触れてしまいそうな距離の近さに戸惑う。同年代の男性と並んで歩く機会は今までなかった。 「楽しい方ですね」  カーティスは明るくて素敵な人だった。隣にいたら毎日楽しいかもしれない。でも、クレイグの方が素敵だと思う。優しくて誠実で、ちょっと意地悪な所もあって。 「……ああいうのが好みなのか?」 「いいえ。私は……」  ちょうど考えていたことを聞かれて、クレイグの問いに即答してしまった。クレイグの方が好みと言ってしまいそうになって恥じ入る。 「ふーん。……次はあの店だ」  クレイグが指し示した店は、窓の下に小さな花壇が作られていて白い可憐な花が咲いている。本当に可愛らしい。 「この店は?」 「乾物屋っていったら、あいつが怒るな。果物宝石(フルーツジュエリー)屋だそうだ」 「果物宝石? 初めて聞きます」 「主に乾燥果物の加工品だな」 「乾燥果物を扱うのなら、やはり乾物屋ではないのですか?」  話しながら扉を開けると甘酸っぱい香りに包まれる。明るい店内の壁には色とりどりの物が入ったガラスの瓶がずらりと並んでいた。干して乾燥させた果物もあれば、液体に浸かった果物もある。白い粉がまぶされた半透明の果物が窓からの光できらきらと輝く。果物の宝石という表現は的確で素晴らしい。 「これは……」  赤、桃色、黄色に緑、紫色。自然の色の洪水は綺麗だと思う。棚を順番に見ていくと、果物だけでなく花もある。 「クレイグ? は? 女連れ!?」  店の奥から出てきたのは、細身の美しい男性だった。茶色の髪と瞳。庶民には珍しい白い優美なシャツを着て、黒のベストに黒のズボン。花が似合いそうな圧倒的な優雅さに一歩引いてしまう。 「明日、季節外れの大嵐になる気がする。女神様、我らをお助け下さい」  大袈裟な仕草で、男性がぺちりと自分の額に手を置く。 「今の季節に嵐なんてある訳ないだろ。……こいつは俺の飲み友達だ」   「私はアラステア。そうだな、君にはテアと呼んで欲しいな。可愛いお嬢さん」  首を微かに傾げながら、歌うような優雅さで紡がれた言葉が胸の鼓動を早くする。また可愛いと言われたのは、この服のせいなのかもしれないとようやく気が付いた。 「アラステア、お前、その口説き文句いい加減に変えろよ」 「口説き文句? いいや。これは美しい女性に対する親愛の挨拶だよ」  女性全員に言っているのかと思えば、笑いが零れる。どんな理由であっても可愛いと言われるのは気分が上がって嬉しい。 「今日はどうした? お前が店に来るなんて珍しいな」 「ああ、花の砂糖漬けっていうの作ってるって言ってただろ? それを買いに来た」 「は? お前が花? ……まぁ、詳細は今度飲んだ時に聞くか。今、丁度作ってるから見物していくか?」  花の砂糖漬けは高級品。貴族のお茶会で遠くから見たことはあっても、近くで見たことはない。私が見たいと言うと、アラステアは私たちに手を洗うように指示し、洗濯されてアイロンが掛かった白いエプロンとつばのない帽子をかぶるように求めた。 「クレイグはエプロンなんて絶対に嫌だって言ってたんだ」  アラステアが私に耳打ちする。クレイグのエプロン姿は、意外と凛々しくて似合っている。戦う料理人。そんな雰囲気。  洗浄液で濡れた布が敷かれた廊下を歩いて扉を二つ抜け、店の奥へと案内されると、その白さが目に痛い。部屋の床と壁にはすべて真っ白で艶やかな石が貼られていて、天井は白く塗られている。  白い石で出来た作業台の上には、紫色の花が山のように置かれていた。
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