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プロローグ
黄昏時の少し前、一日のうちのほんのわずかな間にしか見られない濃い橙色の空を、幼い頃から眺めるのが癖になっていた。
初めてその橙を見た幼いゆりなが、その時に何を感じたのかは覚えていないけれど、幼いながらに何かが心に刺さったのだろう。
今日みたいに、夕焼けで逆光した雲が広がる西の空は、十年以上も昔の、それもほんの一瞬にしかすぎない記憶を、思い出せと言わんばかりに私の顔を赤く染めていく。
綺麗とは、少し違う。好きとか嫌いとか、今さらすぎて考えたこともない。
誰とも共有したことのない、自分の中だけにある感情で橙を見つめていると、いつもの感覚に襲われる。言葉で説明するにはぴったりなものが見当たらないけれど、強いて例えるなら、我を忘れる感覚に近いのかもしれない。視野が一点しかなく、そこだけしか見えない。そんな感じだろうか。
ぼんやりそうしていると、急に未視感に襲われた。動揺した次の瞬間、弾いた弦が一瞬ではね返ってくるかのように、遠くにあった意識がすっと自分の中に戻ってくる。「ああ、またか」、思いながら周りを見回した。さっきからずっと、ここには私ひとりだ。
小さなため息のあと、再び窓の外に目線を移した。
西の空が薄紫色に変わるその時までもうしばらく眺めていたいけれど、それはまた、次の機会にしよう。
まぶたを閉じ、ゆっくりと深呼吸をする。続けてもう一度、さらにもう一度。そうしてから、名残惜しさを残しながらも、足早にその場をあとにした。
──廊下の一番奥にある階段に差し掛かり、そっと胸に手を添え、そのまま目線を足元に落とした。そろえたつま先が弱々しく見えて仕方ないのは、自信のなさからだ。さらには、「ヒールはあまり好きじゃない」、現実から目をそらすようにそんなことを思ってみるけれど、強がりなのかすらも分からないそんな嘘は、すぐに消えていく。この場所に立つだけで、心が落ち着かなくなる。
ベビーピンクのヒールの音をできるだけ立てないようにしながら、地下へと続く階段を一段一段確認するように下りて行く。
薄暗い照明の中に、足元の誘導灯だけが馴染んでいるこの場所の空気は未だに慣れない。
冷たい壁に体を寄せれば、向きだしの腕からどんどん熱が奪われていく。それでもそこでじっとしながら、無機質で四角い大きな窓のついた部屋の中をそっと見つめた。
視線の先のその人に、目を奪われる。
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