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食いぎみに返事をするものだから、慌てて言葉を返す。
「あ、あの、期待はしないで下さいね」
「手作りのお弁当なんて久しぶりなので嬉しいです」
「それは、よかったです。それから、嫌いな食べ物とかはありますか?」
「何でも食べれますよ」
「分かりました。それじゃあ、頑張って作っていきますね」
丁寧に電話を切るけれど、本当は舞い上がっていた。「楽しみにしてます」、電話を切る直前に言われたその一言が、頭の中で何度も繰り返される。深い意味などないのだろうけれど、どうしても都合のいいように捉えてしまう。楽しみなのは、自分に会えることに対してだと、私の頭は完全にそう理解してしまっていた。けれど、浮かれてばかりはいられなかった。お弁当を作っていくと大口をたたいたのだから、きちんとお弁当を作らなければいけない。まさか、包丁すらにぎったことがないとは、今さらすぎて言えるわけがない。
その時、ノックの音にびくっとなった。遅れて返事をすると、小町さんが遠慮がちに顔を覗かせた。
「あ、もう大丈夫ですよ」
答えると、小町さんが部屋の中に入ってきた。今日も変わらず背筋がすっと伸びている。
「明日のお迎えなんですが──」
小町さんは毎日、明日の予定を確認するのが日課だ。いや、それが彼女の仕事なのだけれど、特別なことがない限り、毎日同じことを繰り返しているだけだ。だから、以前一度、彼女の負担が少しでも減ればと思い、何かあれば前もって私から連絡すると言ったのだけれど、言ったこちらが申し訳なく思うほど丁重に断られたことがある。
彼女のまじめさは今に始まったことではないけれど、言い換えればただの頑固者だ。小町さんの言葉を遮って、彼女の名前を呼んだ。
「何かご予定でも?」
「いえ、実は、小町さんにお願いがあって──その、私に料理を教えてほしいんだけど」
次の瞬間、彼女があからさまに目を丸くした。
「そんなに驚かなくても……」
「失礼しました! その、まさかお嬢様の口から料理を教えてほしいという言葉が聞けるなど、思ってもみなかったもので。少し驚きはしましたが、とても嬉しく思います。どの種類の料理でもすぐにお教えいたします」
「ありがとう小町さん。ただ、和食とかそういったものではなくて、私が教えてほしいのは、その、お弁当なの」
「お弁当、ですか?」
「うん。今週の土曜日にお弁当を作っていく約束をしたの。だから、私にでもできるようなものを教えてもらえると助かるんだけど……」
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