百合

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 すでにメニューでも考え始めているのか、唇をきゅっと結ぶなり遠くを見やった。しばらくそうしたあと、思い付いたかのようにぱっと表情が明るくなる。 「サンドイッチなんてどうでしょうか? 種類もたくさんありますし、何よりお嬢様のように料理があまり得意でない方でも簡単に作れると思いますよ」 「ねぇ、今さらっと私のことばかにしたよね?」  すかさずそう言って目を細めると、わざとらしい咳払いをした。もちろん本気で言っているなど思ってはいないけれど、たまにこうやって彼女をからかって困らせるのが好きだったりする。そしてたぶん、彼女もそのことに気付いているはずだ。 「それじゃあ、ものすごく美味しいサンドイッチを作りたいので、ご教授よろしくお願いします」  最後はかしこまってそう言うと、小町さんはふっと頬を緩めた。 「かしこまりました。全力でお手伝いさせていただきますね」  さっそく翌日からサンドイッチ作りの練習が始まった。まさかとは思っていたけれど、最初に手渡されたのは食材ではなく、ホチキスで止められたサンドイッチについての資料だった。この展開は、なんとなく想像がついていた。いつものことながら、下調べの完璧さに圧倒されていると、紙をめくる音と同時にサンドイッチの歴史についての説明が始まるものだから、「始まった……」、とは口にはしないけれど、心の中ではっきりと彼女に向かって言ってみる。  この資料を作るのに、夜な夜なパソコンの前でキーボードをたたく彼女の姿が容易に想像できる。  申し訳なく思いつつも、資料を読み上げる手を止め、とにかく素人にもできそうなものをと遠慮がちお願いすると、国別にも種類があるのだと、今度は具材やらパンの種類やらの説明になったので、さらに遠慮がちにその中でも比較的作りやすいものは何かと聞くと、ものすごくシンプルな食パンに、たまごやレタスなどの具材を挟んだ今まで何度も食べたことのある定番のサンドイッチを進められた。 「最初からそう言ってよ」、目だけでそう訴えながら、にっこりと微笑んで見せる。  正直、小町さんのまじめすぎる性格を煩わしく思ったことはこれまでに多々あるけれど、それ以上に尊敬の方が何倍も大きい。
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