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そっとうつむくと、照れ隠しのようにふっと笑った。
「変かな?」
うつむいたまま目だけでこちらを見上げるから、また、心臓が大きく脈を打った。
「い、いえ、そんな、変じゃないです。分かります、そういう感じ」
「本当?」
「はい。ちなみに、私が好きなのは夕方の空です」
「へぇ、なんか意外かも。晴れた日の夏の空とか、雨上がりの虹のかかった空とか、そういうのがいいのかと思った」
「もちろんそういうのも嫌いじゃないですけど、子供の頃から夕焼けが好きでした。オレンジがきれいなのに、なんだか切なくて、でも、眺めてるとどこかほっとするみたいな気持ちになるんです。私の方こそ、子供のくせに変わってますよね」
照れ隠しのように小さく笑うと、彼も同じように笑った。
「今日はもう、家に帰るの?」
「そうですね。少し、美術館の中を見てから帰ります。黒木さんはもちろんお仕事ですよね?」
「うん、仕事はたくさんあるからね」
わざとらしく作った疲れた表情に、ふっと頬が緩んだ。
遠くの石像を見るともなく見ながら、あれは確かレプリカだったはずだと、そんな、どうでもいいことを思った。
次第に、私とは反対側に煙を吐き出している彼に意識が戻る。
黒木さんは、くすんだシルバーの携帯灰皿の中でたばこをもみ消した。それをポケットの中にしまいながら腕時計を見ると、少し焦ったように残りのペットボトルのお茶を飲み干した。
「ごめん、俺そろそろ仕事に戻らないと」
「あ、はいっ」
「サンドイッチごちそうさま。それじゃあ行くね」
片手を上げた彼に遠慮がちに手を振り返す。後ろ姿を見送っていると、重い鉄の扉を手前に引きかけ、「あっ」と言いながら足を止めた。
「ここでたばこ吸ってたことは内緒ね」
わざわざ人差し指を顔の前に立て、こそこそと言った。だから、同じように人差し指を立てて笑顔で答えた。
鈍い音と共に非常扉が閉まる。その音が合図のように、ふわっと体が浮くような感覚に襲われた。
みぞおちあたりがそわそわする。例えるなら、夢の中にでもいるような、どこか現実とは違う、そんな感じだった。
今の今まで、本当にあの地下室の彼こと、黒木凌さんと一緒にいたのか疑いそうになり、慌てて手の中にある空っぽのランチボックスに目を落とす。彼が結んでくれたランチクロスの結び目を指で撫で、大きく息をついた。
間違いない。さっきまで一緒にいたんだと、改めて思った。
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