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「ねぇ──」
吐き出し切れていない煙と一緒に話を続けた。
「前から思ってたんだけどさ、この場所って、立ってるのと座ってるのとじゃあ景色が全然違って見えるよね。って、俺だけかな?」
「それ、私もずっと思ってました」
「本当に?」、とでも言わんばかりに眉をひょいっと上げた。
「何て言うかさ、座った途端に視界が狭くなる分、気持ちまで窮屈になるっていうか、息苦しくなるっていうか。立ち上がらないと誰にも見つからないのに、誰かに見られてるみたいな。うまく説明できないけど、とにかく不思議な感覚なんだよね」
彼の感じる不思議な感覚と全く同じかどうかは分からないけれど、ものすごく共感した。
特別何があるわけでもない目の前の景色を見て、ここまで不思議に思うことも不思議なのだけれど、なんと言うか、この景色には言葉では説明できない何かを感じているのは事実で、まさかそれを黒木さんと共有できるとは思いもしなかった。
「俺、この美術館に来てすぐにこの場所を見つけたんだけどさ。その、ゆっくりたばこ吸える場所を探してただけっていうか、さぼってただけっていうか。まぁ、そもそもここ、禁煙なんだけどさ」
悪びれる素振りを見せつつも、口元は笑っている。
「たまには息抜きも大事ですから」
「ありがと」
他愛のない話を続けながらも、頭では違うことを考えていた。来月に迫った黒木さんと自分の誕生日のことだ。もちろん、勝手に考えているだけのことだけれど、ほんの少しの可能性を信じて、今日こそはと、それこそ勝手にドキドキしていた。けれど、こんな時に限ってなかなか会話が途切れず、言い出すタイミングばかりを探っていた。
「あ、あの……」
彼が口を閉じた瞬間、今だと言わんばかりに声を出していた。勢いもあったせいか、自分の声の大きさに自分で驚いた。
「どうしたの?」
少なからず彼も驚いた顔をしている。
「あの、ですね。誕生日なんですけど、もう予定入ってますか?」
「いや。確かその日は仕事だったと思うよ」
「あ、そうなんですね。その、一緒にお祝いできたら嬉しいな、なんて思っただけで。ですから、今のは気にしないで下さい!」
後半は、思い切り早口になっていた。彼が小さく笑うから、どうしようもなくてまぶたを伏せた。
「いいよ」
断られるとばかり思っていたものだから、彼の返事に気の抜けた声が出た。
「仕事終わってからでもよかったら、一緒にお祝いしよっか?」
彼がそう言うや否や、「はいっ!」と子供みたいに答えていた。恥ずかしくなり、慌てて両手で顔を隠すようにするけれど、今さらだった。
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