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「どこか行きたい場所とかあるの?」
そう聞かれ、そろそろと両手を下げる。
「えっと、自分から誘っておいてあれなんですが──」
下げた手が、今度は宙をさ迷う。
「こういうのよく分からなくて。だからその、黒木さんの行きたいところとか、やりたいこととか、食べたいものとかあれば、教えてもらえると助かります……」
そう聞くと、短いうなり声を漏らした。もう一本たばこに火をつけ、煙をくゆらせながら遠くを見つめている。彼の見るその先を、思わず目で追っていた。薄いオレンジ色のつぼみに視線が止まる。彼も今、同じものを見ているのだろうか。
「それじゃあさ──」
オレンジ色のつぼみから、視線を彼に戻す。
「一緒にケーキでも食べるっていうのはどう?」
「それ、いいですね。私ケーキ大好きです」
「それなら良かった。どうしよっか、どこか食べに行く? それともまた、ゆりなちゃんが作ってくれる?」
いたずらっぽく笑うから、否が応でも惹き付けられる。
「……わ、私、作ります」
自分の意思などほとんどなかった。彼がそう言うなら、その思いが大半だった。
もちろん、ケーキどころかお菓子など作ったことがない。お弁当の時もそうだったけれど、後先考えずに作ると言ってしまった以上、作るしかない。
「本当に? ゆりなちゃんて料理得意なんだね」
「そんな、私なんてまだまだと言うか、全然というか……」
「そんなことないよ、この前のサンドイッチだってすごく美味しかったよ」
「そ、それは、ありがとうございます……」
口調がぎこちなくなる。
「黒木さんは、普段ケーキは食べられますか?」
気を取り直すように努めて明るく言った。
「全然食べないかな。食べる機会もないし、わざわざ買ったりもしないからね。だから、最後に食べたのがいつだったかも忘れちゃったかな」
「そうなんですね。じゃあ、頑張って美味しいの作りますね」
言ってから、自分でハードルを上げてどうするのだとすぐに後悔した。
「フルーツはなんでも食べれますか?」
「うん、なんでもいけるよ。めちゃくちゃべたかもしれないけど、俺、いちごのケーキがいいかな。ケーキの中だったら、いちごのショートケーキが一番好きかも」
「そうなんですね! 私もいちご大好きです。それじゃあ、いちごがいっぱいのケーキにしますね」
「ありがと、楽しみにしてる」
「いえ、こちらこそ。誕生日にまで付き合ってもらって、ありがとうございます」
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