百合

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 非常階段をあとにし、歩き出したはいいものの、どこか空回りしている自分がいた。一歩前に進んだと思いたいだけで、現実はそうではないと分かっているからだ。ただ、感情のどれかを刺激されたような気がした。  この先の二年間も、これまでの二年間と全く変わらない毎日を過ごすのは、今日で終わりにしたい。何度も自分に言ってきた言葉だけれど、今日は、違う。変わりたい──  もしも、先ほど逃してしまったチャンスにまだ手が届くなら、思い切りこの手を伸ばしたい。  階段を下りながら、一段ごとに自分自身を奮い立たせる。途中、いつもの場所で立ち止まり、壁に体を預けながら、大きな窓の奥に地下室の彼の姿を探す。 「……いた」  思わず出た独り言に頬が緩む。けれどすぐ、いつもの「どうしよう」に変わる。それでも、どうすればいいのか分からないことが分からないのだから、分からないまま突き進んでしまえばいいのだと、今まででは考えられないくらい前向きな自分がいた。  この気持ちに嘘はないけれど、いきなり全てが変わるにはまだ時間がかかりそうだ。だから今日は、いつもより彼の近くに寄ってみる。そろそろと階段を下り、いっそう近くなった彼の姿に戸惑う反面、姿を見てしまったがために、もう少し、あともう少しだけと欲張りになる。  あと一段、もう一段だけ、そう思ってさらにもう一歩踏み出したところで、窓の奥にいる彼と思い切り目が合った。  今日だけで二度目だ。思ってから、そんな悠長なことを思っている場合ではないと、瞬時に頭を切り替えようとしたけれど、いったいどの頭に切り替えればいいのか分からなくなり、完全に思考が停止した。  横顔だったはずの彼の顔が、今は正面から私を見つめている。目が合ったまま立ち上がると、おもむろにこちらへと歩いてきた。  大きな窓の横にある引戸が開き、彼が体を斜めにして顔だけを出した。 「何かご用ですか?」 「いえ、あの、その……」  気の利いた口実すら思い浮かぶはずもないことは分かっているけれど、代わりに、余計なことが頭を過った。
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