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ああ、いい匂いがする……。
珈琲と、それからジュウジュウと焼いているのは匂いからするとウィンナーぽいなあ?
コンソメスープのような匂いもする。
どれもいい匂い、私鼻がいいから美味しいものには敏感なんだ。
トントントンという控えめなまな板の音もリズムがよくて。
これを作っている人はお料理上手だなぁ、なんて微笑んで。
グウウという自分のお腹の音で我に返った、あれ、夢じゃない?!
自分以外の人の気配のすることに恐る恐る薄っすらと目を開けた。
カーテンのほんの少しの隙間から零れた細くて強い夏の陽ざしが、見慣れない白いテーブルと赤い革ソファーにあたってる。
え、っと、え~っと……。
この部屋って、そう。
ワンルームの小さなキッチンの灯りの下で静かに、だけど忙しそうに動き回っている後ろ姿が見えた。
夕べ……私、泊まっちゃったんだ。
そうして思い出す記憶と共に。
現状私は一糸纏わぬ恰好だということも思い出して。
かけていたタオルケットを手繰り寄せて体に巻き付ける、彼が振り向く前に。
それでもすぐに気づかれる。
私の動く気配に振り返った彼は。
「おはよ、彩未さん、もうそろそろ起こそうかな、って思ってたとこ」
もうすぐ朝ご飯出来上がるよって笑ってるけど、そんな彼の目を見ているのが恥ずかしくなって。
「おはよ、クロくん。着替えてくるね、」
タオルケットを身体に巻きつけたままで、足元に落ちる自分の服や下着をかき集めて。
そのまま足早にクロくんの後ろを通り過ぎようとしたら後ろから羽交い絞めにされる。
「しんどくない?」
クロくんのその言葉に真っ赤になって首を振った。
「大丈夫、」
振り返って心配かけないように笑い返したら。
「良かった」
大きな口が優しく私の唇を甘噛みする。
夕べの余韻が甦ってきて恥ずかしさが最高潮に達し洗面所に逃げ込んでドアを閉める。
クスクスとからかうように笑っているクロくんの声を背に。
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