縁と鬼

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縁と鬼

 はなはなぼっけ、はなぼっけ。ふりかえるとね、鬼いるよ。  はなはなぼっけ、はなぼっけ。ふりかえったら、いなくなる。  はなはなぼっけ、はなぼっけ。それでもみんな、ふりかえる。 「はなはなぼっけ、はなぼっけ」  ぽつりと、蓮はこの町に伝わる歌を口ずさんでいた。  はなはなぼっけ、はなぼっけは、蓮の住む花街町に伝わる歌だ。けんけんぱをしながらこの歌を口ずさむのが、この町に住む昔からの遊び方だと聞いている。  ふわりと夏の熱い風が蓮の髪をゆらす。ポニーテールにしたとはいえ、この猛暑に長い髪は致命的だ。近所の美容院に行かなくてはと思いながらも、財布の中身を思って蓮はこう垂れた。 「お金もなければ、仕事もない。ついでに夢も希望もない」  高校に行かなくなって、はや数か月。所詮、不登校児である蓮に、自分の未来のことなど分かるはずもない。周囲を見渡すと、見事な稲穂がゆれる田んぼがどこまでも続いている。 「はなはなぼっけ、はなぼっけ……」  ぽつりと呟いてみても、誰も返事をしてくれない。当たり前だと思っても、込み上げてくるものを止めることがでいない。 「私……なにやらかしたのかな……」  クラスメイトたちの冷たい視線を思い出す。その中心には大親友だった千賀子がいて、その千賀子を中心にいじめが始まった。ものを隠されるとか、変な噂を流されるとか、そういう悪質なものではない。  無視。  あたかもいないように扱われるそのみんなの対応が、蓮にとっては重荷だった。給食の時間に学校で吐いても、誰も保健室まで蓮を連れて行ってはくれなかった。  それからだ。学校に行こうと思うたびに、吐き気が込み上げてくるようになったのは。両親は蓮を腫れもののように扱って、学校に行くのが無理だと分かると、母方の実家であるこの花街町に蓮を追いやった。 「はなはなぼっけ。はなぼっけ」  ああいっそのこと、自分なんていなくなってしまえばいい。そういつも思ってしまう。だから、髪を伸ばしっぱなしにしても、蓮は一向にかまわない。だって、蓮が髪を切っても、誰も気づいてくれないだろうから。  涙が零れる。蓮は顔をあげて、大きな声で叫んでいた。 「はなはなぼっけ! はなぼっけ! ふりかるとね、鬼いるよ。はなはなぼっけ! はなぼっけ! ふりかえったら、いなくなる。はなはなぼっけ! はなぼっけ! それでもみんな振り返る」  涙を拭いて、蓮は振り向く。いっそのこと、このわらべ歌のように鬼に連れて行ってもらいたい。ここではない、どこかへ。ここに、蓮の居場所はないから。 「煩い! 分を弁えろ! 小童!!」  そんな蓮の顔を、覗き込む青年があった。いきなり怒鳴りつけられ、蓮は大きく眼を見開く。奇麗な容姿の青年だった。歳は蓮と同い年ぐらいだろうか。青い前髪と、切れ長の蒼い眼が印象的だ。  一目見て、これはこの世のものではないと蓮にはわかった。今まで見てきたどんな『そういうモノ』よりも、彼ははっきりと眼に見える。 「えっと、はなはなぼっけの鬼さん?」 「察しがいいな。それに、俺が見えているのか。ならば話は早い。縁でこの世に結ばれているものを、幽世に連れていくことはできない。早々に家に帰れ」 「縁て、何?」 「見えるようにしてやった。利き手小指を見てみろ!」  さっと鬼が蓮から離れる。蓮は鬼の言われるまま、片手の小指を見つめていた。蓮の小指に半透明な白い糸が幾重にも巻きついている。 「これ……」 「お前を必要とするものが、お前をこの世に結び付けている。それが縁だ。俺はそれを見える形にしてやったに過ぎない」 「私を、必要としてくれる人が、この糸の数だけいるってこと?」 「そういうことになるな」  纏っていた唐衣の裾をさばきながら、鬼は蓮に微笑む。そんな鬼を見て、蓮はまた大粒の涙を流していた。 「おい、なんで泣く」 「私、この人たちに迷惑ばっかりかけてる。何にもしてないのに、こんなに思ってもらえるなんて、いっそのこと地獄だよ……。重荷になるだけじゃん」  ぽとりと地面に膝をついて、蓮はさめざめとなく。自分の世話を一生懸命にしてくれる祖母の笑顔が脳裏に浮かんで、蓮は大声をあげて泣いていた。 「友達にも嫌われちゃった! 学校にも行けない! ばあちゃんには心配ばっかけけて……! 私、何にもできない! ねえ、ねえ、私どうしたらみんなのために何かできるの!? そうじゃなきゃ、こんな所いたくない!!」 「誰かのために、何かがしたいか?」  青い髪をさらりと流しながら、鬼は小首を傾げた。彼は蓮の顔を覗き込み、問う。 「お前、視えるだろ?」 「えっ、視えるって……」 「それも、妖が見えるだけではない。人の思いを見通すことが出来る虹色の眼だ。お前本人は気がついていないようだがな」 「虹色の、眼」 「ほら、あそこにお前と縁のあるものがいる。あの女の気持ちを読んでみろ」  鬼が横へと顔を向ける。田んぼのあぜ道を歩くその女性に、蓮は見覚えがあった。 「あれ、咲々美容院のお姉さん」  ゆるくパーマをかけた髪をバレッタで纏めた女性は、そっと眼を伏せあぜ道に佇んでいる。その女性の眼から、蓮は涙が零れるのを見た。
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