巡る季節、決心

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 平助くんの笑い声に顔を上げ、その隣の隣に座っている沖田さんを見ると、どこか他人事のように平助くんを見ているようにも伺えるけれど、その表情は穏やかなものだった。 手酌で徳利を傾ける姿に、 思わず見惚れてしまう。 「くれはも飲んでるかぁ?」  いきなり肩を抱かれ、体を揺さぶられた。 「な、永倉さん。はい、頂いてますよ」  どれだけ飲んだのか、真っ赤な顔をしている。 「たまにはお前も飲みたいだろ? とりあえず俺が酌してやるから、ほら」  毎度の事だけれど、強制するかのような口調に苦笑いで返し、一応はお礼を言う。 「永倉さんは強引ですね」  そう言ってふふっと笑ったのは、山南さんだった。 「確かにな」  隣にいる原田さんも山南さんに共感している。 「こうでもしねぇとこいつ、遠慮して飲めねえだろ」  的外れな気遣いには目をつむり、そう言ってくれた永倉さんの気持ちだけはありがたく頂く。 「永倉さん、いつも気にかけてくれてありがとうございます」 「礼なんていらねぇよ! くれは、気にせずどんどん飲めよな」  そう言って歯を見せると、「平助っ!」、言いながら平助くんの方へと歩み寄って行った。 「相変わらず元気な奴だな」  原田さんが言った。 「でも、永倉さんが元気じゃないと、なんだか調子が狂います」 「それは、同感だな」  と原田さん。 「同感です」  と山南さん。二人がほとんど同時にそう言うものだから、思わず三人が顔を合わせて目だけで笑い合った。山南さんの顔を見て、不意に思い出した。 「──そう言えばこの前、明里さんと北野の方にお花見に行ったって聞きましたよ」  山南さんの方に顔を寄せ、にやける口元を手で隠す。 「ええ、ちょうど満開の時期で、真っ白な梅が空に映えて、とても綺麗でしたよ」  小声で答えた山南さんの横顔は、とても幸せそうに見えた。 「……あっ!」  突然声を上げた私を、山南さんは目だけでどうかしたのかと訪ねている。 「そう言えば土方さんて、梅で一句詠んでましたよね」  山南さんが渋い顔をした。次の瞬間、顔の右側に違和感を感じた。そろそろと首をひねると、土方さんが真っ直ぐにこちらを見ている。尋常ではないほど眉間を寄せた鋭い視線は、体に穴が開くのではと思えるほどだった。 「……くれは、黙ってろ」  怒気を含んだ声が、それこそ真っ直ぐに私に向けられた。 「だ、黙ってます……」  そう答えるのがやっとだった。けれど、その場の空気は意外にも針詰める事はなく、反対に皆さんが笑いを堪えているようにも見えた。原田さんなんかは、あからさまに下唇を噛んでいる。すると突然、「梅の花一輪咲いてもうめはうめ」、わざとなのか可愛らしくそう言ったのは、沖田さんだった。  その瞬間、何かがぷつりと切れたのが分かった。皆さんの堪えていた笑いと、土方さんの堪忍袋の緒だ。 「総司っ!」  呼ぶなり土方さんは沖田さんを睨み付けている。怒号を放つ土方さんに、にっこりと微笑む沖田さんは、肝が座っているのか怖いもの知らずなのか。 「土方さん、そんな怖い顔しないで下さいよ」  首を傾げ、悪びれる様子もない沖田さんに、土方さんは目だけでを言っている。  不安げにその様子を見ていると、 「いつもの事ですから」  山南さんが言った。 「そう、なんですか?」 「兄弟喧嘩みたいなものですよ」  確かに、周りにいる誰もが二人を止めようとはしなかった。ただ、どうであれきっかけを作ってしまったのは私だ。立ち上がり、土方さんの隣へ行き、沖田さんが見えないように、彼とは反対側に座った。 「あの、えっと、すみません。あんなに怒られるとは、思っていなくて……」 「別に」  答えになっていないそれに、再び言葉を探す。 「私、詳しくは知らないんですけど、その、土方さんの俳句の事、とか……」  恐る恐る言葉を並べる。 「って事は、少しは知ってるって事か? お前、どうして知ってんだ?」  説明に困った。それも、ものすごく。  私のように歴史を学んでいる人はもちろん、新選組が好きという人なら、土方さんが俳句を詠んでいたという事は当たり前のように知っているはずだ。俳号を豊玉(ほうぎょく)、彼が詠んだ俳句は、豊玉発句集(ほうぎょくほっくしゅう)と記されたそれにたくさん残されている。その内容は、賛否両論、と言うか、正直なところ、あまり上手ではなかったと伝えられているけれど、そんな事、本人を目の前にして言えるはずかない。口が避けても、いや、死んでも、だ。
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