巡る季節、決心

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「その、ずっと前に見た歴史の本の片隅に、土方さんの趣味が俳句だったと、書いてあったのを思い出したので……」  嘘は言っていないにも関わらず、嘘を言っているような気分だった。なんとなく、にというところを強調して言った。  納得したのかしていないのか、鼻から大きく息を吐き出した。 「……不思議なもんだな」 「え?」 「それじゃあお前、俺の事がどう言い伝わってんのか、少なからず知ってるって事なのか?」 「……そう、ですね。詳しくは分からないですけど」  今度は、嘘が混ざった。 「これから先の未来を、知りたくないと言えば嘘になるが、知らない方がいいと思うのも事実だ。本当は、お前と出会った時、俺たちのこの先が気になって仕方なかった。聞くのは簡単だが、聞いたあとは間違いなく腑抜けになっちまうと思った。だから、新選組の事は別として、俺個人の事を、少しだけ聞いてもいいか?」  まさか、土方さんの俳句の話から、こんな流れになるとは思ってもみなかった。 「土方さん、個人の事、ですか?」 「ああ、お前は俺の事をどれだけ知ってんだ?」  聞くなり、お酒を一気に流し込んだ。  正直、難しい事を聞くと思った。  土方さんの事は、他の隊士の方たちよりも、残っている文献や言い伝えられている事が多い分、少なからず知っているからだ。歴史に大きく繋がりのある事以外、なおかつ土方さんが納得しそうなあれこれを必死に探す。 「……お酒は、あまり強くないです」  とりあえず、易しいところから答えた。土方さんは、特に返事をするでもなく、黙って聞いている。 「あと、確か末っ子でしたよね?」 「ああ」 「そらから、昔からやんちゃな子でした」  そう言うと、微妙な間のあと、 「昔からってなんだよ」  低い声と共にこちらを向いた。  を強調され、咄嗟にまずいと思った。 「いや、その、何て言うか。元気な事はいい事ですよね。今も、昔も……」  分かりやすく苦笑いになる。すると、「もういい」と言われ、言葉にできないほどほっとした。  土方さんの気が変わらないうちに適当に話を切り上げた。相変わらず一人で飲んでいる沖田さんのところへ行き、今度は土方さんから隠れるようにして座った。 「僕にもお酌してくれるの?」  上目遣いで言われ、おまけににっこりと微笑むものだから、胸が騒いだ。女の子の上目遣いに弱いという男の人の気持ちが、分かる気がした。 「隣、失礼します」  そう言って腰を下ろすと、ものすごく自然に私の背中に手を添えた。 「土方さんの事怒らせちゃったね」  私にしか聞こえないように言った。その口調からは、全く反省している様子は見て取れなかった。 「土方さんが嫌がるって知ってたんですよね?」 「ん、まぁね」 「だめじゃないですか!」 「どうして?」 「どうしてって、沖田さんだって自分の嫌な事されたら気分悪いでしょ?」 「君ってさ、意外とまじめなんだね」  あぐらを組んだ上で頬杖をつくと、目だけで笑っている。 「話をそらさないで下さい」  一語一語を大げさなほどにはっきり言うけれど、 「はいはい」  とりあえずと言った返事が返ってきた。 「それよりさ、明日僕に付き合ってくれない?」  後半、永倉さんたちの笑い声で聞き取れなかった。顔を寄せて聞き返すと、「あとで」と言われ、なんだか違う事を言われた気がしたけれど、「分かりました」と頷き返事をする。用件が気にはなるけれど、あとで、と言うのだから、あとで分かる事なのだろう。  空の盃を私の前に差し出した。ぬるくなった中身を気にする事もなく、相変わらずちびちびと飲んでいる。  目が覚めると沖田さんに抱きしめられて眠っていた。隣の寝顔をしばらく眺め、上に乗っている腕をゆっくりとどかす。  裏庭の井戸で顔を洗い、大きく伸びをする。 「先に起きたなら起こしてよ」  背中に声をかけられ、両手を上に伸ばしたままで振り向いた。 「あ、おはようございます」 「おはよ」  寝間着姿で立っていたのは、沖田さんだった。 「すみません、気持ち良さそうに眠ってたので、起こさない方がいいと思って」  井戸のそばまで来ると、釣瓶を垂らして水を汲み上げた。 「今日はずいぶん暖かいよね」 「はい、天気が良くて気持ちいいです」 「朝ごはん食べたらさ、出かけよっか」 「は、はいっ!」  嬉しくて思わず声を張った。  それからすぐに台所へ移動し、いつも以上に手際良く、いつも以上にはりきって支度をした。そうしていると、近藤さんに、「今日は一段と元気がいいな」と言われ、心当たりがあるだけに勝手に恥ずかしくなってしまった。
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