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 バンクーバー発、羽田行き。  私の乗った飛行機は、たぶん、墜落した。  大学二年生になってすぐ、カナダに短期留学をした。留学はもちろん、初めての海外という事もあり、もちろん楽しみではあったけれど、不安もたくさんあった。けれど、バンクーバー国際空港に降り立った瞬間、不安だけが嘘のように消えていった。  一日の時間を長く感じたのも最初の二、三日で、あとは文字通りあっという間に過ぎていった。  バンクーバーからの帰りの飛行機での出来事は、あまり覚えていない。  座席の前方にあるテレビに、自分の乗っている飛行機の位置が地図と共に映し出された。たぶん、もうすぐ到着するのだろう。と、そんな事を思いながら、見るともなく眺めていた。  それからすぐ、機体が大きく右に傾いた。一呼吸もしないうちに、頭上から酸素マスクが一斉に落ちてきた。  そこから先の記憶は、なかった。  左の頬がひんやりする。それなのに、右の頬はなんだか暖かい。  意識が、次第に戻ってくるようだった。「ああ、私生きてる」、咄嗟にそう思った。それなのに、体が動かない。前言撤回、たぶん私は、生死の境目にいるのだろう。それも、死に近い方にいる。そう思った途端、体が揺さぶられた。  遠くから、誰かの声がする。 「─────か?」  よく、聞こえない。 「───ですか?」  重いまぶたをゆっくりと持ち上げる。 「大丈夫ですか?」  私の顔を見つめる誰かに、徐々に焦点を合わせていく。 「立てますか?」  言われてから、自分が地面に倒れている事に気が付いた。  両手をついて上半身を起こしながら、目に映る建物や風景に、何がどうなっているのか分からなかった。  そもそも私は今、飛行機に乗っているはずだ。 「……あ、あの」  声が出た事に、どうしてだか驚いた。 「ここは、どこですか?」  目の前のその人は、私を不思議そうに見つめている。 「どこって、ここはお寺ですよ。こんな所で何してるんですか?」 「あの、えっと。私、生きてるんですか?」  私の言葉に驚きながらも、重ねて大丈夫かと聞いてくれた。 「はい、たぶん……」  話ながら、会話になっていないと思った。 「とりあえず、立てますか?」  私は、差し出された手を迷う事なく掴んだ。  支えられながら立ち上がると、想像以上に体が重くて驚いた。けれど、原因が全く分からない。  その人は、私を建物の方へ連れて行ってくれると、地面よりも一段高くなっている場所に座らせてくれた。そうしてから、私の左側に浅く腰を下ろした。 「……あの、変な事を言ってもいいですか?」  回らない頭で、言葉を探す。その人は、黙って私を見つめている。 「私、どうしてここにいるのか分かりません」 「分からない?」 「その、本当は違う場所いて、ここではない場所に着く予定だったんですけど、気付いたらここにいて……」  言っている事は間違っていないのに、言いながら混乱しそうになる。  隣のその人は、眉を寄せたまま小さく唸っている。 「……名前は?」 「え?」 「自分の名前、分かる?」 「あ、えっと。星宮(ほしみや)、くれはです」  今の今まで、自分が誰であるのかすら忘れていた。 「名前はちゃんと覚えてるんだね」 「そう、みたいですね。あの、私……」  名前がどうのこうのと言うよりも、ここがどこなのか、そちらの方が気になる。と言うか、これは夢なのだろうか。現実のように感じられる程、とても鮮明な夢。そうでなければ、生と死の間で見る事があると言う世界なのだろうか。  そんなあれこれを考えていると、何を話せばいいのか分からなくなっていた。 「とりあえず、僕に付いてきてもらえますか?」  優しい笑みを浮かべたその人は、淡々とそんな事を言った。 「えっと、あの、助けて頂いたのはありがたいんですけど……」  単純にナンパだと思い、思わず身を硬くした。ただ、助けてもらった手前、きつくは突き放せなかった。 「私、もう大丈夫ですので、帰りますね。ありがとうございました」  作り笑顔を向けてから、さっと立ち上がって鞄を掴む。けれど、ほとんど同時に隣のその人も立ち上がった。 「逃げるなら、斬るよ」  斬ると言う言葉を理解するのに数秒かかった。脅すにしては古風過ぎて、ぽかんとしてしまった。けれど、その人をよくよく見ると、灰色の着物に同系色の帯を巻き、その腰には、刀らしき物がぶら下がっている。 「あの、それって本物じゃないですよね?」  腰のものを指差し、思ったままを口にしたけれど、言ってから、馬鹿な事を口走った気がした。 「僕の事、からかってるんですか?」  声が、冗談には聞こえなかった。 「い、いえ、からかってません。ただ、着物を着て、 刀を腰から下げてる人、今まで見た事がなかったので……」 「何を言ってるんですか? あなたの方こそ、そんな見た事もない格好をして、本当は何者なんですか?」
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