古い友人

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 当日。レンは南雲の家に向かった。最寄り駅からタクシーに乗る。とりあえずの行き先を告げると、 「南雲邸ですか?」  運転手に尋ねられる。 「有名なんですね。そうです」  タクシーはすぐに、南雲邸に到着した。料金を支払って降りる。なんとなく、タクシーが発進するのを待ってから、レンはインターフォンを押した。 『はい?』  南雲ではない女性の声がする。前に電話で話す機会のあった妻ではない。手伝いだろう。 「蛇岩と申します」 『お待ちしておりました。今開けますね』  すぐに、声から想像できるような、活気のある女性が玄関を開けた。 「旦那様からお話は伺っております」  にこにこしながら彼女がそう言ってレンを通そうとしたときだった。 「蛇岩! 遅かったじゃないか!」  当の南雲が後ろから現れた。 「遅かねぇよ。時間通りだ」  南雲はレンの到着を、今か今かと心待ちにしていたらしい。手伝いの女性を押しのけて、彼の手を引いた。 「田中さん、ええと、お茶、俺の寝室に頼んで良いかい?」 「ええ、もちろんですよ。今ご用意しますね」 「あ、いえ、お構いなく」 「馬鹿、構われろよ。静岡から送られてきた美味い茶だぞ」 「お前ほんとそういうの好きだな」  おおよそ特産だとか名産だとかにこだわる男である。そうかと思えば、隠れた名品なんかを発掘したりもするのでミーハーというか凝り性なのだろう。卒論の時もしょっちゅう教授の所に通っていたのを覚えている。その結果、卒論に優をもらって卒業していた。商売も順調なのは、凝るポイントを押さえているからなのだろう、とレンは思っている。 「八女茶と宇治茶もあるけどちょっと今静岡茶にはまってて」  レンはその前に洗面所を借りた。おじさん、もう還暦近くて歳なんだからちゃんと手洗いとうがいした方が良いよ。友達のお父さん、風邪が悪化して肺炎になったんだから、と姪から言われて以来気を遣っている。  その姪は、レンが出掛けてしまうと一人になってしまう。一人でも私平気! と言われたが、そうもいかない。姪は未成年なのだ。ということで、蛇岩家の手伝いである武藤ユカに泊まりを依頼した。その分の追加料金と客間を準備してある。 「今日はお嬢さんの好きなカレーにしましょうねぇ」  最初は恐縮していたユカだが、姪がはしゃいでいると、満更でもなさそうにそう言っていたのでレンも安心して出てこられた、というわけである。  と、姪のことを思いながら洗面所を出ると、南雲は大学時代と変わらぬキラキラした目で──当時も、まるで子供の様だと思ったものだ──レンの腕を引っ張った。 「俺の寝室に飾ってあるんだ」  そう言えば、手伝いの田中に「お茶は寝室に」と言いつけていた。その「怪異」は寝室に置いておけるようなものなのだろう。だとすると、芸術品などが動くタイプの怪異か。それこそ、現室長が最初に応対した髪の伸びる人形の様な。  南雲は寝室を開けた。壁を指差す。 「あれだよ!」 「面か」  風変わりな面だった。能面にも見えるが、もう少しリアルに人間に寄っていると言うか……質感も、硬そうに見えない、柔らかそうだ。  ……嫌な感じを覚えた。レンにはおおよそ霊能力と呼べるものはない。しかし、あらかじめ「怪異である」と聞いてその面を見たら、否、聞かなかったとしても、誰でも同じ事を感じるに違いない。  壁に飾るべきものではない。そんな印象を強烈に感じる。罰当たりの様な焦燥感。 「……確かに妙な面だが……」 「触ってみてくれ」  嫌だ。反射的にそう答えそうになった。何だろう、この忌避感は。 「噛み付いたりしないから」 「そう言うことじゃねぇ」  恐る恐る触れてみると……ひやりとしている。表面は紙でも木でもない、粘土のような触感だった。いや、粘土じゃない。これは……押しても戻らない皮膚の感触。つまり……。 「……死体じゃねぇか!」  親族に最後の別れを告げた時に手に残ったあの冷たさ。それをレンは想起した。押し殺した声で叫ぶと、友人を振り返る。相手は感心したように、 「お、流石警察官だな」 「説明しろ南雲。これはなんだ」 「面だよ。極めて風変わりな……まあ、後は夜のお楽しみだ」 「冗談じゃねぇ。これと一晩過ごせって言うのか? 今すぐ都伝を呼ぶ」 「路面電車か?」 「南雲」 「その、都伝か? 妖怪バスターを呼ぶにも、お前も一回見といた方が良いんだよ。な?」  南雲の言う事も尤もだった。何かおかしなことが起きたら、その時点で都伝ないしは警察を呼ぶと言うことで約束を取り付け、レンはその晩、南雲の寝室に置かれた客用布団に入った。  眠れるわけがない、と思っていたが、初めの家へ訪問することは彼に疲労をもたらしていたらしい。布団に入ってしばらくするとうとうとしだした。けれど、完全には入眠できず、緊張を自覚したその時だった。 「蛇岩、起きろ。見てくれ」  南雲に揺り起こされて飛び起きた。
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