南雲邸へ

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「あれが、その面です」  南雲が指差すと、ルイたちはそれを見て息を呑んだ。  土気色の顔色には覚えがある。酷い風邪をひいたとき、鏡で見た自分が丁度あんな顔色をしていた。土ともなんとも言えない、柔らかい触感だと言うが、頬の部分がまるで疲れ切ってやつれているかのようにたるんでいる、ように見える。半開きになった口は何かを伝えようとして開けているのか、はたまた閉じられないだけなのか……。 「こ、これって……」  ルイは思わず半歩引いた。キャリアは現場に出ないから死体を見慣れていない、以前の問題だ。ナツの言う「切りたて生首」という言葉がぴったりだ。いや、切りたてと言うには時間が経っているように見えるが、それは本旨ではなく、明らかに死体の印象があるものが、寝室の壁に平然と飾られているというその事実に、人間の久遠ルイが引いたのである。  メグが息を呑んだ。身長がさして変わらないナツの背中に隠れて、彼女の体にしがみつく。ナツはその手をぽんぽんと撫でると、アサにメグを預けて、 「失礼します」  刑事の顔で寝室に入った。都伝に異動する前は、捜査一課の所属だった彼女は、こう言う場面に強いのだろう。いつの間にか白い布手袋をはめている。持ち上げようとして、すぐにやめた。頬のあたりに触れてみたり、目を覗き込んだりしている。 「五条?」  アサが尋ねると、メグは怯えた表情で、 「生首だ」  呟いた。 「これ、生首です」 「腐敗はないので厳密には生首とは言えないでしょうけど、そう言う風に見える怪異、でしょうね」 「やっぱり、珍しいものなんですか?」  南雲はそわそわしたように言う。 「100円ショップに売ってるわけでない、と言う意味なら」  ナツは頷いた。 「これ、お祓いか供養した方が、良いと思います」  メグが、彼女にしては珍しく途切れ途切れに言う。家主はその反応を見て、ますます満足したようだった。 「そうでしたか」 「こちら、証拠品として提出していただいても……」  ナツが手袋を外しながら尋ねようとしたまさにその時だった。 「ではもうお帰り頂いて結構です!」  南雲は明るく言い放った。 「は?」  ルイは思わず礼儀を忘れた反応をしてしまう。バラエティ番組の司会者が、また来週とでも言うような気軽さで帰れと言う。 「どう言うことでしょうか?」  やはりナツは刑事の表情をしていた。探る様な目で南雲を見ている。その視線に臆した様子も見せず、南雲は説明を始めた。 「いやあ、実はですね、この面が血を流す様子を、動画サイトで生配信しようと思いまして」 「何言ってんですか?」 「ホラーの人気は衰えませんからね」 「そういう話をしているのではないんですが」  ルイは深呼吸した。 「あなたが蛇岩に相談を持ち掛けたのは、お困りだから、ではないのですか?」 「困ってません」 「どうして?」 「だって、血はすぐに消えますし。動き回ってどっかを汚すだとか、襲いかかってくるとかそう言うことはありません」 「では、何故都伝に連絡を?」  ルイが改めて尋ねると、南雲は両腕を広げて、 「これが怪異であることを証明してほしかったからに決まっているじゃありませんか! 警察のお墨付きがあれば、信憑性も高まりますし」 「都伝はそういう部署じゃないんですよ。とにかく、これは証拠品として……」 「相談を取り下げればいいですよね? 元々届は出していませんし」  ルイは絶句した。 「あなた、自分の為に友人の蛇岩を利用したってことになりますよ?」 「そちらに連絡をしたのも、蛇岩がしたいと言ったからですし」  南雲は一切の悪気がないかのようににこにこしている。 「私は、蛇岩の心配性が出たなぁと思ってそちらへの相談をOKしただけですから」 「わかりました」  どうにか説得できないかと考えを巡らせるルイを、アサが制した。 「本日はこれで失礼します」 「桜木さん……」 「室長、彼の言う通りです。本人が困っておらず、他に害がないなら、警察の出番はありません。今日は引き上げましょう」 「これ」  メグは自分の名刺を南雲に渡した。 「都伝の連絡先です。何かあったら連絡ください。おじさんでも良いけど……」  子供からの申し出に、南雲は人の良い笑みを浮かべる。 「ありがとう、お嬢さん」 「では、本日はこれで」  釈然としない気持ちを抱えたまま、ルイは南雲邸を辞した。車に乗り込む。 「差し出がましくてすみません」  発進すると、アサが詫びた。ルイは首を横に振る。 「ううん。良いんだ。僕も自分から引くに引けなくなってたから。ありがとね。それにしてもたまげたなぁ」 「あんなもん寝室に飾っとくとか、正気じゃないよ」  ナツはまだ捜査一課の雰囲気を纏ったままだ。メグの顔色も悪い。 「五条さん、生首って……」 「ナツが言ったみたいに、死体って訳じゃないんだけど……」 「概念としての生首、ということか」  アサが解釈を呟くと、メグは我が意を得たりとばかりに首を盾に何度も振った。 「うん。死体じゃないの。『生首』なの。上手く言えないんだけど……」 「そう言う怪異なんだね」 「そうですね」  アサは頷いた。 「とりあえず、庁舎に戻りましょう。レンさんに報告しないと」
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