檸檬少女、或いは人間失格

3/14
前へ
/14ページ
次へ
 国道と、そこから滑り落ちるようになっている砂浜の斜面の、その両者を隔てている頼りないロープを大股になって跨ぐようにすると、私は海に向かってくだっていった。  陽は一番高い位置からだんだんと降りてきていて、それでも群青色の色褪せたTシャツが、汗を吸収して色を濃く変えていく。サンダルに踏みつけられた貝殻のパキパキと割れる音が、妙に切ない。見渡しても人はおらず、もう九月の平日ということもあるが、なによりここ一帯は遊泳禁止区域だからだった。遠浅で海岸線も長いので離岸流が発生しやすいのだ。車で少し行けば泳いでいい海岸があるので、そっちは人で人を洗う状態なのが常だった。  海と同じ高さまで降りてくると、ハーフパンツの後ろポケットから文庫本を取り出して、まだ熱い砂浜にゴロンと寝っ転がった。文庫本を庇代わりにして読んでいく。文庫本は青紫色だ。私に涼しさを与える。  どれくらい時間が過ぎただろうか。辺りはすっかり橙に染まり、私は読み終えた文庫本をもとの位置にしまうと、右手に見える堤防に向かう。水平線に落ちる夕日を眺めてから帰ろうとしたのだ。そうして、去年までと同じ、私にとって儀式のようなこの一日を終える。と、思っていたのだが。  堤防に、ひとがいる。  高波がぶつかる堤防の切っ先に、いつの間にか、セーラー服の少女が立っていた。私はどうしようかと悩んだ。しかし、毎年の習慣をここで中断するのも決まりが悪い。それに、もしかしたら(・・・・・・)、という気持ちもあった。結局、砂浜と堤防の境界線の、風に攫われないでそのまま残っている誰かの足跡を踏まないように、私は堤防へと一歩踏み出した。
/14ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加