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紋太の家は目黒村の外れの竹藪の中にあり、昼間でもどこか薄暗く、陰気な空気が立ちこめている。夏の、暑い盛りだが、この家を照らす日差しは弱かった。紋太はそこで一日中、竹を削っている。竹細工の職人ではあるのだが、それは世間に見せるための、表の顔に過ぎない。
庭先に人の気配を感じて、紋太は竹を削る手を止めた。
「やあ、赤城の」
ゆったりとした歩調の人影を見て、紋太は警戒の糸を緩めた。
来訪者は【赤城の六右衛門】といって、上州で流れ者のように生きていた紋太を江戸へ呼び寄せた男である。もう七十を過ぎているのだろうか、幾重にも刻まれた皺の中で、傷跡のように細い目が濁った光を放っている。だが背筋はしゃんとしているし、袖口から覗く細い腕にも、針金のような筋肉が見て取れる。
六右衛門は江戸の四谷あたり一帯を縄張りにする男で、彼に金を積んで頼めば、幕府の重役でさえも、
「闇から闇へ、消して差し上げましょう」
という大物である。彼からの依頼で紋太は、これまでに三人ほど手にかけてきた。
六右衛門は縁に腰掛け、おもむろに懐から金子を出した。コト、と乾いた音が鳴る。
「今度は、どこのどいつを?」
六右衛門の傍にかしこまりつつ、紋太は小判の枚数を数えた。十枚。これは前金だ。成功すれば、もう十両もらえる。二十両。それだけあれば、働かずとも年を越すことができる。
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