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一重まぶたの、ぼんやりとした紋太の目つきに、卑しさが滲み出た。それを六右衛門は横目に見つつ、
「深川にできた新しい料亭。〔桜花〕というんだが、そこの板前をやってほしい。名前は、清吉。まだ若い、お前さんくらいの年頃の男だ」
「板前、か。そいつは、またどうして?」
尋ねた途端、すっと六右衛門が纏う空気が変わった。冷気を放ち始めたかのようでもある。この男はときに、言葉や動作以外の方法で、自分の感情を相手に伝える。
「冗談だよ。俺には、依頼の筋なんて関係ねえ。赤城の元締が請けた殺しだから、それだけを理由に的を消すのが掟さ」
「分かってるなら、いいさ。お前さんはどうも、腕が立つ割に気が緩いところがあるからね」
「俺が、躊躇うとでも?」
「そういうことじゃない。この世界で生きることの、本当の恐ろしさを、お前さんはまだ理解できていないように見える」
「よしてくれよ。俺は十五のときから、泥水すすって生きてきたんだ。そんな俺に、何が足りねえってんだ」
「さて、ね」
六右衛門は目を伏せ、立ち上がった。頼んだよ。それだけ言って、また静かな足取りで竹藪の中へ消えていった。
紋太は小判を戸棚に乱暴な仕草で放り込み、酒を飲み始めた。目の前には、やりかけの仕事が転がっている。舌打ちをし、小刀を手に取った。大人の小指ほどの細長い刃。竹を削るのに使うものだが、紋太はこれで裏の仕事もする。
刃は鈍く光り、ところどころに錆が浮いていた。
俺に半端なところはねえ。そう胸の中で呟きながらも、苛立ちは酔いつぶれるまで消えなかった。
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