半端者

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 翌日、紋太は身なりをどこぞの店の番頭風に変え、深川に出向いた。〔桜花〕という店は深川の堀川町にあった。料亭というには質素な造りだが、鼻につくようなけばけばしさがなく、趣深い印象を持った。  昼飯時は過ぎていて、店の中は落ち着いていた。女中が丁寧な所作で出迎え、中庭の見える上等な座敷に案内してくれた。  料理と酒が運ばれてくると、 「呼ぶまでは、一人にしてくれないか」  といって、女中に一分金を渡した。四半刻ほどは、普通の客らしく食事をした。それからひっそりと座敷を出ると、厠を探すふりをしながら板場を探した。  入る前に裏口の場所を確認しておいたので、そちらの方を目指すと、すぐに見つかった。  柱の陰から窺う。板前らしき男は三人。夜のための仕込みをしているのか、この時間でも慌ただしく動き回っている。  紋太から顔が窺えるのが二人。四十代くらいの中年と白髪頭の老人の組み合わせで、的とは思えない。  あとの一人はこちらに背を向けている。後ろ姿だけを見ると、それなりに若そうだ。  どうにかこちらを見てくれないか、とやきもきしていると、 「あっ」  驚いて声をあげそうになった自分の口に、紋太は慌てて手を当てた。背中だけだった男が、背後の壁に掛かった道具を取るためらしく、身体を捻って紋太の方へ顔を向けたのだ。  やはり、若かった。その男は紋太に気づかず、目当ての道具を手に取ると、また背を向けた。  口に当てた手が、わなわなと震える。震えは伝染するように全身に広がった。紋太は狭い歩幅で、馬鹿な、馬鹿な、と呟きながら座敷に戻った。
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