半端者

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 銚子に半分ほど残しておいた酒を一気に呷ると、それでようやく、震えが落ち着いてきた。 「そうだ、そんなはずはねえ」  何が、紋太をここまで動揺させたのか。それは先ほどの若い男、その男の顔が、旧友の佐七に瓜二つだったのだ。無論、紋太が知っている佐七の顔は子どもの頃のものだけだ。だがしかし、それをそのまま大人びさせたら、それはそのまま、あの若い板前の顔に成長する。一瞬垣間見ただけでそう思えてしまうほど、佐七に似た顔立ちをしていたのだ。  しかし、依頼の的は清吉という、佐七とは名前が異なる男だ。仮に佐七が板前になり、この料亭で働いているとしても、依頼とは関係がない。 「きっと、清吉はあの板場にいなかったんだ」  そう一人で頷いて、手を叩いて女中を呼んだ。酒を運ばせ、 「少し、つきあってくれないか」  と酌をさせた。ぼんやりとした目つきに、低い鼻。肌も浅黒く、器量は十人並みといったところだが、洗練された所作が美しい中年の女中だ。  二つ三つ世間話をしたところで、 「知り合いに教えてもらったんだが、この店に、佐七という若い板前がいるだろう?」  尋ねながら、心の中に感じた怯懦の気配を押し殺す。 「いいえ。うちにいる板前で若いのは、清吉一人です」 「っ……」  女中の回答に、手から猪口が滑り落ちそうだった。その動揺の色を見て取って、 「お客さん、どうされました?」  いぶかるように女中が首を傾げる。 「い、いや、なんでも……」  かぶりを振って、誤魔化すように酒を呷る。 女中の言葉が正しければ、あの若い板前は清吉だということになる。あの、佐七そっくりの男が、清吉だと。他人の空似だろうか。いや、きっとそうに違いない。それに、もう十五年以上前の記憶だ。信用に足るとも思えない。  勝手に納得し、空になった猪口を女中に差し出した。  女中は紋太の猪口に酒を満たした後、少し宙を見て思案し、そういえば、と口を開いた。
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