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「清吉さん、江戸に戻ってくる前に、名前を変えたって言ってたような」
「戻って?」
「ええ。生まれは江戸らしいんですが、親御さんの事情とかで、上方に移ったと。そこで板前の修業も積んだそうですわ。そのときのお師匠さんから言われて、名前を変えたとか。前の名前は、存じませんがね。若いのに腕がよくて、当時上方にいた手前どもの主人が惚れ込んで、江戸に連れてきたんです。新しく店を開くから、そこの板場を仕切って欲しいって」
「そんなにかい?」
「ええ。うちには年季の入ったのも二人いますが、清吉さんにはかないません。けど威張るようなところは全然なくて、板場は三人でうまくやってるみたいです」
聞きながら、紋太は佐七のことを思い出していた。家が飯屋だったから、包丁の扱いにも慣れていて、いろいろと器用にこなしていた。人当たりもよく、客からも可愛がられていた。
清吉は、佐七だ。
すでに紋太の中では、疑念が確信に変わりつつある。
「そうか……」
ため息交じりに呟いて、酒をなめるように飲んだ。不思議と、酒の味が深くなった気がする。
「もしやお客さん、清吉さんの昔のお知り合いで?」
昔。そうだ。佐七は昔の友達だ。すでに佐七は紋太にとって過去の存在であり、そして過去とは決別したはずなのだ。この世界で生きていくと決めたときに。
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