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第一章
「美紗子!」
急に呼ばれた自分の名前に頬杖をついていた手を膝に戻す。
「聞いてた?」
目を細くして私を見つめるのは高校の時から仲のいい工藤千歌子。
高校生は思う以上に遠い過去になった二十四歳の私たち。
今では制服姿は幼く、夢の中の人物のよう。
「美紗子」
もう一度呼ばれ、意識を戻して居酒屋にいることを五感で受け取った。
「あんた顔も良いんだし性格もひねくれてるわけじゃないんだからさ」
千歌子は説教をするように肘(ひじ)をついて私を見つめる。
「それ褒めてるのか褒めてないのかわからないんだけど」
普通に聞いたらいい方にとらえられるのに長い付き合いの千歌子が言うといい気分にはならない。
「半分は褒めてるわよ。でもその使い方が違うって言ってるの」
「使い方って……」
自然についた自分自身の使い方なんてあるのだろうか。
そう考えている間に千歌子が間髪入れずに口を開く。
「モテるのにダメな男にひっかかり過ぎなの」
千歌子の言葉はいつもどこかに突き刺さる。
「お金がないって言っていつも美紗子がおごったり、昔の彼女のことをずっと語ったり、一日で別れようなんて言った人までいたじゃない」
痛い過去を振り返り、言い返す言葉も見つからない。
確かにいろんな恋愛を今までしてきたがどの人も長く続くことはなかった。
黙る私など気にもせず千歌子は続ける。
「今付き合ってる恭平さんだって浮気性だし」
いろんな恋愛をしてきた中で今は大学で出会った三歳年上の美浦恭平と付き合っている。
恭平とは長くもうそろそろ三年目になるところ。
私の中では一番長く続いている。
ただその彼にも欠点がある。
それが千歌子の言う浮気性。
見て見ぬふりをしていたが私の中ではいつの間にか当たり前になっていった。
「まあ、美紗子の見る目がなくなったのはあいつのせいだけど」
いきなり千歌子のトーンが変わって私を見ない。
私を見ることができない。
そんな風に見える。
千歌子が言いたいのはわかっている。
それは私の初恋。
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