第三章

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 チャイムが授業の終わりを知らせる。 最終コマの授業は一番生徒が教室を出て行かない時間だった。 「先生ー」  教材をまとめているといつも一緒に歩いている男女の生徒がいた。 「どうした?」 「俺、彼女にフラれたー」 「え、二人付き合ってないの?」  いつも一緒にいる二人を見ていると微笑ましいカップルだと勝手に思っていた。 「私、彼氏いるよ。こいつがフラれたって嘆(なげ)いてるから朝からずっと一緒に行動してるのー」  笑う反面、この関係の方が続くと思ってしまう。 一緒にいられるということが幸せだと流れる月日の中で感じていた。 「ずっと一緒にいたいって思えるような人を探すといいんじゃないかな。表現はできても横にいなかったらそれすらもできないんだから」  恋愛において失敗している自分が言うことじゃない。 ツッコミたくなる自分を二人の生徒が見ていると思うと恥ずかしいと思うようになる。 「先生、アドバイス上手いね」 「え?」  予想外の答えに行動を止めてしまう。 誰でもできるようなアドバイスしかしていないのに、真剣に聞いている二人が眩しかった。 こんなに純粋ならどれほど素直な行動ができるか。 自分の言葉から始まった二人の光に心を温められる。 「先生、彼氏いるの?」  やっぱり子供だな。 率直な言葉に悩む自分も子供だ。 「いるでしょ。美人だし」 「いないよ。残念ながら」  教材を手に持っても職員室に帰してくれない二人を見て学生は恋バナが好きだと思い知る。 「じゃあ、好きな人いるの?」 「どうだろうね」  いるよ。と答えられたら素直に自分の気持ちを表せる。 この後会う勇輝を好きだと言いたい。 気にしているのは事実。 あのキスが忘れられないのは気になっているから。 でもどうしても好きだと言えない。 誰か後押ししてくれればいいのか。 「好きなら好きって言っちゃえばいいのに。その後のことなんてわかんないんだし」 「フラれたばっかりのくせに」  二人のやり取りは納得できた。 フラれたとかではないもの。 「確かに、言えば変わるのかもね。ありがと」  まさか生徒に後押しされるとは思わなかった。 でもあの一言。 後のことはわからない。 今の気持ちが恋だとわからない。 今は恋じゃなくても恋になるかもしれない。 もしかしたら恋から愛になるかもしれない。 その可能性を慎重に信じて一瞬の幸せを掴めるのだとしたら私はその勝負に賭けてみたい。 何度も負けた賭けをもう一度したい。 恋の始まりに。
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