第三章

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 ハンドルを握る勇輝に道を教えながら進む時間。 着く頃には案内の難しさで頭がいっぱいだった。 「ごめんね、いろいろ考えてくれたのにわからない場所にまで連れてきて」 「全然、美紗子ちゃんが行きたいところの方が考えすぎにならなくていいから」  店の駐車場から歩くといつものなじみのある店構えを見る。 「もんじゃ焼き?」 「うん。勇輝君平気?」 「大丈夫だよ。食べたことあるし」  本当は先ほどのレストランで食事をすればいいものを勇輝の優しさで私の好みになってしまう。 こんな勝手でもいいのか。 それも自分なのかもしれない。 上着を置いて席に座ると、今までの緊張から解放されて大きく息が吸える。 「やっぱり落ち着くー」 「よく来るの?」 「うん。友達とよく来るの。一人では来れないけど……」  友達と言っても千歌子といつもの居酒屋かここのもんじゃ焼きかを食べるほどで家庭を持つ千歌子と会うのはやはり少ない。 それでもこの雰囲気が好きで安心するのは事実。 「もんじゃ好きなの?」 「うん。一番好き」  メニューを見ているといつもの風景でまるで千歌子と来ているような安心感に満たされる。 ふと勇輝を見ると包むような微笑みで私を見ている。 「楽しそう。さっきまでの表情より今の方がいいよ」  自分が連れてきたレストランよりも庶民的なもんじゃ焼きを選ぶ私を勇輝はどう思うのか。 「こんな私でも好きなの?」  これが一つ目の場所での確認。 私の確認に勇輝は戸惑うことなく笑う。 「当たり前だよ。本当の好みがわかってむしろ嬉しい」  嬉しい。 そんな言葉を使ってくれることなど予想もしていなかった。 見た目だけじゃない。 中身を見て、さらにその中の部分的なものまで見ている。 それでも意見を変えない。 「美紗子ちゃん、何飲む?」 「メロンソーダーかな」 「お酒じゃないの?」 「勇輝君、運転で飲めないのに目の前で飲めないよ」  遠慮する勇輝に私は意見を通した。 気を遣う関係は長続きしないから。 そんなことを言えたら自分はとっくに一瞬の幸せを掴めていたかもしれない。 相手に合わせてばかりの私を変えてほしかった。 「あ、ここは私が払うね」 「じゃあ割り勘にしよう。その方が食べやすい」  頷くしかなかった。 理由がちゃんとあるから。 見栄を張って言うわけじゃない。 自然な私に合わせて自分も自然になる。 不思議だった。 自分らしくいればいい。 簡単なことを忘れている私。 いつから忘れていたのだろう。 思い返せば一つの恋が終わった頃からだった。 その終わりからまた失うのが怖くて今の自分になった。 でも過去は過去。 同じ失敗はしない。
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