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夕方になってやっと仕事が終わると解放されたようになる。
生徒のいない日の仕事は全てデスクワーク。
パソコンと資料を一日中見ていたせいか目がかすむ。
「お疲れ様です。お先に失礼します」
「お疲れー」
明るくて気軽なこの職場。
どんなに仕事が過酷でもある程度の距離を保ちながら進んでいく。
恋愛もそうなのかもしれない。
重くならず、お互いが支え合えば乗り越えられるものがあるのかもしれない。
一階に降りると先に帰ったはずの小澤がいた。
「小澤先生、どうしたんですか?」
「あ、えっと……」
明らかに様子がおかしい。
動揺という言葉が一番似合う対応だった。
「よかったら一緒に帰りませんか?」
待っていたのは一緒に帰るため?
私の考えが当たるならよくないことがすぐに予想できた。
「じゃあ、駅まで」
仕事場の関係を崩したくない。
もしかしたら自意識過剰かもしれない。
嬉しそうな顔をする小澤を見るとその可能性が低いと考えるのが必然だった。
駅に着くまで会話が続くようにと頭の中で話題を引っ張り出していた。
緊張感がこちらに伝わってくるほど小澤は緊張している。
一緒にいるのに緊張する。
意味のある行動なのかわからない。
改札に近づくと緊張をほどいて笑顔を見せる。
「じゃあここで」
「あの」
私を引き止めるように小澤の声が聞こえる。
「月野先生、僕は月野先生が好きです」
予想通りの展開に心の中でため息をついてしまう。
人から好意を持たれるのは嬉しくて伝えるのはすごく怖くて。
その事情が痛いほどわかるのに、人から好意を持ってもらえる幸せを理解していなかった。いや、理解しようとしていなかったのかもしれない。
恋がどれだけ人を狂わせるのか、人を変えるのか。
でもだからこそ本音を伝えるべきだった。
「すみません。私彼氏がいるんです。だから小澤先生とは仲のいい同期になりたいです」
これが私の本音。
仕事場に私情を持ち込まず、明るく仕事をしたい。
「そうですか。わかりました。これからは同期としてよろしくお願いします」
辛そうな微笑み。
その微笑みを見せて私の前からいなくなった。
心の中では何度も謝る。
でも謝れば謝るほど傷つくんだろう。
自分の気持ちが届かせてももらえないことになるから。
「ごめんね」
立ち去る背中に向けての一言だった。
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