第四章

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 紅茶を飲み終えると勇輝が肩に頭を乗せる。 「ねえ、美紗子のこと追ってるのってこないだ告白してきた男とかじゃないの?」  それは同期の小澤のこと。 告白された直後でもある。 駅までつけられている。 でも駅からはそんな気配は感じない。 駅からアパートまでも。 考えれば当てはまるものはいくつもある。 帰る時間も最近では私より先に帰っている。 先に帰っていない日でも途中から気配を感じている。 納得のいく考えだった。 「勇輝君は告白されてフラれたらどうする?」 「どうするって?」 「その後、普段通りにしたいとか……」 「何が何でも自分のものにしたいとか?」  いきなり頭を足の上に乗せて私を見る勇輝は真剣だった。 率直な意見に戸惑いながら頷く。 「人によるな」 「え?」  思わぬ発言に行動を止める。 「手段はいろいろだけど頑張って自分を見てもらおうとする人もいるし、何回も挑戦する人もいる。普段通りにしたいってことは普通の関係からやり直すって考えもあれば、諦めるけど気まずいのは嫌だとかって考えもある」  なるほど。と頷くと人の価値観が違うことがよくわかってくる。 「まあ、普段通りは逃げたいって時なのかなって俺は思うけど。何回も告白してフラれた俺からしたら」  その時になって思い出す。 学生の頃は勇輝に何度も告白されていた。 いつも謝って逃げていた私。 逃げ回っても過去のことは流して今こうして横にいてくれることも感謝しなきゃいけない。 その私が言うことではなかったと反省してしまう。 「ごめん」 「いいよ。今はこうして一緒にいてくれるんだから俺の勝ち」  私の頬を軽くつまんで笑う勇輝。 笑う勇輝を見て深刻な話が一気に和んで優しい時間に変わる。 私もつまみ返すとまるで学生の頃に戻ったような気分になった。 楽しい時間だった。 でもこの光景に見覚えがあった。 頭をよぎる記憶は最近でも古い記憶でもない。 私の一番だった時間。 その記憶はもう過去に流したもの。 目の前にいる勇輝を見れば忘れられるようなもののはずだった。
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