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何もわからないくせに、このままでは死んでしまうということだけはわかるなんて、なんて皮肉なのだろう。いっそ本当に何一つわからなければ死への恐怖を覚えることもなかっただろうに。そんなことをぼんやりと考えていた時、遠くで何か音がした。
音――そう、音だ。何の音かと問われればそれに答えることはできないが、何かがゆっくりと近づいてきているような、そんな確証のない予感がした。
「おや? このような砂漠の真ん中で眠るなど、酔狂な者がいたものだ」
声が聞こえる。まだ若いのだろうか、低く力強い、どこか面白がっているような男の声。
これは救いの手にはならない。
瞬時にそう判断した。目の前で人が異常な恰好で死にかけているというのに面白がるような声の持ち主が救ってくれるはずもないだろう。そんな心を代弁したかのように、男とは別の者が吐いた深々としたため息が聞こえた。
「どう見ても訳ありでございましょう。この者はサテュでは? アミール」
サテュ? アミール? 何を言っているのか、わからない。
「愛玩のサテュ、か。確かに美しい顔をしている」
ザクッと分厚い砂の層を踏みしめる足音がして、肩を押されたかと思うと無理やり身体を仰向けにさせられる。下敷きになった腕が砂に押し付けられ、焼けてしまいそうだった。
「せっかくだ、選ばせてやろう」
選ぶ? 何を……? とにかく熱い。全身が熱い。
「ここで死ぬか、私に生かされるか、お前はどちらを選ぶ?」
すでにぼやけている視界は男の顔を映さない。目の前に差し出されたのは救いの手か、それとも破滅に導く手か。
だがもう十分に考えることができない。奇跡のように差し出された手に本能が縋った。
「……ぃ……た……」
生きたい。そう答えたいのに、カラカラの喉から声が出なかった。
助けて。
生きたいのだ。
死にたくない。
その声が聞こえたのか、男がフッと笑ったような気がした。
「ならば私がお前を生かしてやろう。大切な大切な、ネコとしてな」
視界が暗転する。何を言われたのかもわからず、クッタリと力が抜けて意識を失った。
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