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まったく、なんて日だ。
乾ききって砂埃のたつ裏道を行く。
むしゃくしゃして、横に詰まれた空の酒樽を蹴り飛ばした。
そいつはガラガラと音を立てて、狭い道を転がっていく。
ふんと鼻を鳴らして、そのまま立ち去ろうとした俺は、不意に呼び止められた。
「……もし。そこの、御方」
かけられた声に、振り返る。
大通りを一本はいった、路地裏。
広々とした馬車が何台も行き交う表通りとはちがい、道は狭くてゴミゴミとしている。
畏れ多くも国王陛下の天領であるこの街で、本当に陛下とやらが支配しているのは、表通りまでだ。
裏通りは、俺達アウトローの天下。
お天道様は、こんな路地裏までは照らしちゃくれない。
けれど振り返った先に立っていたのは、そんな裏通りには不釣り合いな若い女だった。
一見して、身なりがいい。
身につけているのは地味なデザインのドレスだったが、よく見りゃかなり上等な仕立てのもんだ。
生地だって、ありゃあ絹なんじゃないか?
目の辺りを覆ったヘッドドレスの黒いレース。
その御蔭で、はっきりと顔は見えない。
それでも別嬪だとは知れる。
どっかの貴族の娘ってところか。
形のいい唇が、小さく笑みの形になった。
「すみませんが道に迷ってしまいました。
どうか、案内をしていただけませんか」
丁寧な口調でいい、女は軽く会釈する。
俺は肩を竦めて見せた。
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