5. ハッピーエンドはどこまでも

1/1
26人が本棚に入れています
本棚に追加
/7ページ

5. ハッピーエンドはどこまでも

 若き皇帝ハリーは、その日他国の外交官から手に入れた舶来ものの一つを最愛の妃に手渡した。 「ソフィーが好きそうだと思ってもらってきたんだ」  そう言って袋の中からから取り出されたものは、ころんとした体形の黒クマのぬいぐるみである。   「うわあ、かわいいです……!」 「この国のぬいぐるみと違ってデフォルメが独特で面白いだろう?」 「はい!」 「じゃ、ソフィーにプレゼント」 「いいんですか?」 「もちろんだよ、僕のプリンセス」 「ありがとうございます。大切にしますね」  予想以上に手放しで喜んでくれたソフィーに、ハリーの気持ちがほころんだ。  だが次の瞬間、まずいと思った。 「ぬいぐるみよりも君のほうがかわいいよ。僕のプリンセス」  と、言ってみたものの、やはり後の祭りだ。  ソフィーはしばらくの間、そのぬいぐるみを眺めたり抱きしめたりといそがしくしていた。もちろん、その間ハリーのことは放置だ。 「……もうダメだよ、ソフィー」  しびれを切らしたハリーがぬいぐるみを取り上げ、チェストの上、二体のうさぎ達の間に置いた。そして「もっと触っていたかったのに」と不満げに唇を尖らせたソフィーの元に戻ると、その腰に手を回した。  ここまで性急な動きを見せていたハリーだったが――そっと自分の方へと引き寄せていく様は宝物を扱うかのごとくだ。 「今度は僕の番だよ。僕だってかわいい君をたくさん感じたいんだから」  ずっと我慢してたんだ、そう言いながら唇を寄せてくるハリーに、 「もう……」  ソフィーは苦笑しながらも瞳を閉じた。  * 『よ、新入り。お前なんて名前だよ』  俺はピーター、こっちはベンジャミンって言うんだ、と紹介すると、新参者の黒クマはどすの効いた声で仁義をきってきた。 『あー、兄さん方! お初にお目にかかりやす。あっしは日本ってえ国から来やした、(くま)門之介(もんのすけ)と申しやす。クマスケと呼んでくだせえ。しがない熊でございやすが、以後よろしくお願いしやす』 『お、おお……』  あれ?  このクマ、見た目はころんとしてかわいい感じなのに、そっち系なのか? 『馬鹿だなあ、ピーター』  くすっと、ベンジャミンが笑った。 『ピーターが新入りなんて呼ぶから悪いんだよ』 『え? 俺が悪いの?』  それ、言いがかりじゃないか? 『そうだよ。大丈夫だよー、クマスケくん。僕達怖いうさぎじゃないからね』  猫のような柔らかい声を出すベンジャミンに、クマスケの体が緊張で固まった。 『実は僕達、恋愛シチュが大好きな普通のうさぎなんだ。てへっ』 『……そう、なんですか?』  おずおずと、クマスケがさっきよりも高い声で問いかけてきた。別人、もとい別クマの声だ。 『ほんとだよ』  にこっと笑ったベンジャミンに、クマスケが『きゃあっ』とかわいい声をあげた。 『実はわたしも恋愛シチュ大好きなんですう。お砂糖いっぱいの激甘、最高ですよねー!』  おいおい、いくらなんでも豹変しすぎだろ。  クマスケ、お前は雄なのか? 雌なのか?  ……さて、このクマいわく、この国の皇帝が皇妃を溺愛していることは遠く日本でも有名なんだとか。 『だからこの国に来るのをすごく楽しみにしてたんですう』 『そっか。お前、目の付け所があるぞ。この国の皇帝と皇妃は世界一の溺愛夫婦だからな』 『やったあ!』  すると俺達の後ろから甲高い声があがった。 『クマさん、邪魔ー!』 『わたしたちも見たいんだからー!』 『わたしたちにも見せてよー!』  おいおい、落ち着けお前達。 『フロプシー。モプシー。カトンテール』  こいつら――ちっこい三匹のうさぎ達――は、先日加わったばかりの新入りだ。だがこいつら、先輩の俺に一切敬意を抱いちゃいない。案の状、たしなめてみたものの俺の言うことなんて全然聞きやしなかった。それどころか、口をそろえて、 『ピーター、うるさい!』  暴言を吐かれちまった。  そこにベンジャミンがまあまあと割って入ってくる。 『かわいこちゃん達、静かにね。恋愛シチュは大勢で楽しんでこそのものなんだから』  これに三匹の小うさぎ達がおとなしくなった。 『ベンジャミンの言うこと聞くー!』 『だから将来はベンジャミンのお嫁さんにしてねー!』 『ちょっとモプシー! お嫁さんになるのはわたしよー!』 『違う、わたしよー!』  くそっ。  こいつら小うさぎのくせに色気づきやがって。  しかも俺様はガン無視ときた。 『うわあ、こっちにも激甘シチュがあるんですね』  クマスケの目が爛々と輝きだした。  * 「あら?」  ソフィーが何かに気づいたかのように辺りに視線をやった。  くるんとした巻き毛を右に左にと揺らしながら。 「どうしたの? キスの最中によそ見するなんて悪い人だね」  言葉とは裏腹に目尻が下がりっぱなしのハリーの腕の中、ソフィーはいまだ視線を巡らせている。 「なんだかおしゃべりする声が聴こえたような気がして」 「ここには僕達二人しかいないじゃないか」  ちゅっと、すくった巻き毛の束にハリーがキスをする。  これにソフィーが「いいえ」と言った。 「ここにもいますよ」  ふくらみつつあるお腹をそっとなでる。  その手にハリーの手が重ねられた。 「そうだね。ここにもいるね……僕達の家族が」  幸せですね、とソフィーが呟き、幸せだね、とハリーがこたえた。  そして二人はお互いを見つめ合い、もう一度唇を重ね合わせた。
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!