日常から逃げ出す足掛かり

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「あーー、馬鹿馬鹿しい」  呟いた言葉が、闇に落ちた。  自宅の裏の路地、月明りさえ届かない闇に、存在感を放つスマートフォンの明り。画面に表示された時計が、二十二時を指していた。母は、まだ仕事をしている時間だ。  この路地の両隣に位置するお宅が両方が防音仕様だと知ったのは、ご近所さんとの何気ない会話からだった。やはり円滑なご近所づきあいと言うものは大切だ。おかげで僕は、誰にも声を聞かれることはなく好きな事を言える場所を見つける事が出来た。 「何もかもが嫌だー」  思いついた言葉をそのまま口に出す。とてもくだらないことだが、僕の精神衛生管理の上ではとても重要なのだ。  特に、母と少し険悪なムードになってしまった翌日ともなれば。 「もー無理。どっか訳わからんとこに行きたい」  防音がしっかりした家と言うのはあまりに静かだ。生活音の一つも聞こえやしない。おまけに中途半端な田舎とも都会とも言えないこの住宅街はとても閑静で、夜にもなれば音を立てるのはそういない。足音一つたてやしない猫が時々にゃあと鳴くくらいなものだ。  ありきたりな感想だが、世界にたった一人取り残されたような気分になる。  それは、僕にとっていいことなのか悪いことなのかよくわからない。一人になりたいようななりたくないような、そんな曖昧な感情がくすぶっている。  コツン、と自分以外の何かが発した音が耳に飛び込んでくる。猫か、はたまた魑魅魍魎の類か。ハッと目を上げると、暗がりに浮かび上がるような白があった。 「なっ!?」  幽霊。一瞬で脳がそう判断し、飛びずさる。 それ の正体をしっかり認識することは叶わなかったが、暗がり、白、真夜中、この情報だけあれば逃げるには十分だろう。足がもつれる。動きにくいサンダルなんて履いて来るんじゃなかった。幽霊、と言うと具体的にはどんな害があるんだったか。殺されないといいのだが。  せめて母と元通り仲良くお茶くらいしてからでないと死ねない。
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