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日常から逃げ出す足掛かり
ああ、全く、僕はなんて愛されているんだろうか。
そんなことを、僕は思った。
母親の扶養でのうのうと行きさせてもらっている。母親の手料理で腹を満たしている。母親の洗った衣服に袖を通している。母親の愛で、僕は生きている。
全ては、美しき親子の愛によってなされる業だ。
つまり、親子の子の方であるところの僕こと、語り部こと、流留瑞月は、とてもとても、愛されているのだ。
愛とは、どの様な物語においても、美しきものとされ、大事にすべきものとされ、尊きものとされている。溢れんばかりの愛を傍受できることは、とても幸せな事で、とても贅沢な事だ。
そんな、所謂 愛 とやらの、なんと重苦しいことだろう。
などと考える僕は、つまり大馬鹿者なのだ。
僕の家は、世間一般的に言うと『母子家庭』と言われるそれだ。強く逞しい母が、酒に依存した父に見切りをつけた日の事を、僕はあまり覚えていない。忘れるほど、どうでもいいことだ。そう思えるように育てて戴いた。一重に、母の人徳のなせることだ。
だけど、シングルマザーと言う立場がどれほどにつらく厳しいものであるか僕は知ってしまっている。「家のことは何も心配しなくていいんだよ」とほほ笑んだ、「瑞月には笑っていてほしいの」と抱きしめてくれた、そんな母の願いを僕はとうに裏切っている。
家計簿に染みついた母の涙の痕を見た。
不自然な空白に父親の影がちらつくアルバムを見た。
母の願う様な、無邪気な子供のままでいられなかった。
「悩みがあるならいつでも相談してね」
そう言った母の目にはくっきりと隈が刻まれていた。
「悩みなんてないよ」
そう答えた僕は、間違っていただろうか。
確かに、それは嘘だった。
嘘を吐いてはいけないよと、母に教わったっけ。
ああ、だから、僕は悪い子だね。
ごめんなさい、お母さん。
悪い子で、ごめんなさい。
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