夏季講習会のひとコマ

1/2
8人が本棚に入れています
本棚に追加
/5ページ

夏季講習会のひとコマ

 「夏を制す者は受験を制す」この格言は時代を超え、そして世代も超える。小学6年生である金子にとっても例外ではなかった。首都圏にある国立大学の附属中学校を目指す金子は連日電車に飛び乗って中学受験用の学習塾へと通っていた。海、遊園地、プール、キャンプ……そういったことが沢山待っているはずの小学校最後の夏休み。だが、金子がやらなければならないことは、ここにある。  4コマの授業は毎回真剣勝負。特に受験において毎年大きな差がつく算数の授業はハード。角度を求める問題、面積の問題、割合の問題、鶴亀算や流水算、植木算を用いる特殊な文章題などといった受験生が苦手とする分野の問題が目白押しなのだ。ただでさえそういった難しい単元を学んでいるのに、授業で扱うテキストには開成、灘、ラサール、巣鴨、麻布といった錚々たる名門校の過去の入試問題が勢揃いしている。 「この下の部分の三角形にこうやって補助線を引くと、こうやって2つの三角形に分けられるよね。で、この上の部分の図形に注目してみるんだ」  算数の担任・藤田は赤、黄のチョークを駆使して図形を色分けしていき、そして赤く塗られた部分に指示棒をあてた。 「この赤い三角形の頂点の1つは底辺と並行な直線、この黄色い直線ね。この上にあるんだ。ということはこの赤い三角形は等積変形ができるよね」  藤田は解説を加えながらさらに赤チョークで図形に書き込みを入れる。 「ということで、この赤色と黄色の面積の和は15になるから、答えは15平方センチメートル」  藤田が黒板に答えを書き込んだ。 「等積変形のテクニックは毎年どこかの中学では必ず出てるから、そのつもりでしっかり覚えておいてね」  藤田の言葉とともに、生徒たちは皆ノートに筆記具を走らせていく。板書を全て丁寧に書き写す生徒、定規や分度器を使って正確な図を書こうとする生徒、カラーペンを駆使してビジュアルを重視したノートにしようとする生徒など、ノートの取り方は様々だ。金子は板書をある程度ノートに書き写しつつも、黒板に書かれていない藤田の言葉も反映させようと傍にメモを加えていくスタイルをとっている。  金子が持つシャープペンシルの動きが止まったところで、藤田が口を開いた。 「ところで、今日は皆に1問、テキストに載ってない問題を用意している。5分くらい時間を取るので、解いてみて欲しいんだ」  藤田はそう告げ、黒板に向かいチョークを握った。あっという間に描き上げられたのは、よく見かける直角三角形だった。 7b84f5a1-fc36-48aa-b7d2-a54607d7abf8 「これはABの長さが19センチ、ACの長さが8センチ、BCの長さが15センチで、角Cが直角の直角三角形だ。この三角形ABC面積は?さあ5分あげるから考えてみて!」  藤田がそう問いかけた瞬間、金子は狐につままれたような表情を浮かべた。金子が辺りを見渡すと、やはり他の生徒もポカンとした表情を浮かべていた。
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!