8月3日

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8月3日

「あーやっとテストも終わったし、あと一週間で夏休みか……」  北上大和(きたかみやまと)はソーダ味のアイスを片手に呟いた。灼熱の太陽の日差しで溶かされた氷の水滴が、ポタリとアスファルトの地面に斑点をつくる。  呼吸もできないような暑い大気、肌を湿らす汗が鬱陶しいくらいに流れてくる。通学路である田んぼ道を吹くのは、収穫前の稲穂の匂いを含んだ熱風だ。 「夏休みっていっても今年は二週間しかないだろ。冬休みと変わらないじゃないか」  先頭を歩く石狩悠也(いしかりゆうや)が参考書から顔を上げずに言った。悠也は勉強好きで、歩きながら本を読む光景は日常だった。 「まあ仕方ないよ。自粛で学校が休校になっちゃってたし」  隅田(すみだ)ほのかが低い位置で束ねたツインテールを揺らした。そうなのだ。私たちの住む地域でも例にもれず、新型ウイルスの流行により二月の終わりから五月の終わりまで休校になった。六月には学校が再開したが、分散登校などで授業の進度は大いに遅れた。  そのしわ寄せが夏休みの短縮だ。自称進学校の我が高校ではそれなりに課題も出ている。私は積もる不満をため息にして、吐き出した。 「それなー。今年はお祭りも花火大会もプールも海もないのよ。どうやって夏を楽しめばいいのやら……」 「ホント夏海(なつみ)の言うとおりだよ」  大和は大口を開けて、アイスの最後の塊を食べた。周囲に誰もいないのをいいことに、声を大にして叫ぶ。 「だって、文化祭も二年生のビッグイベントである修学旅行もないんだぜ!? 俺は青春したいんだよぉぉーーーー」  大和の声は夏の空に空しく吸い込まれていく。夏空は抜けるように青いというが、暑すぎてむしろ漂白された青だ。悠也は眉間に(しわ)を寄せて大和の足を蹴った。 「うるさいぞ、大和」 「痛ぇ……何すんだよ。お前だって沖縄行きたかっただろ?」 「それは否定しない」  悠也は即答した。この回答には私も首肯する。来年は三年生、進路選択で忙しくなるだろう。そうなってしまえば、今までのように遊んではいられない。  毎年毎年、幼馴染で家の近い私たちは飽きもせず共に夏を過ごした。そんな私たちの最大のピンチ。イベントのない今夏、どうやって過ごすか目下のところの課題になっていた。  しばし沈黙。暑くて喋ることさえ億劫になるのは皆同じらしかった。突然、大和が立ち止まったので、すぐ後ろを歩いていたほのかが大和の肩にぶつかる。  
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