スマホとタバコ

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スマホとタバコ

 前を走る大型トラックのテールランプが赤く灯り、減速を告げる。  タイトなカーブの続く峠を下る。  マヤは助手席で微かに寝息を立てて、眠っている。  疲れただろうな。  後ろの座席から上着をとり、マヤにかけてやる。  信号で車が停まり、マヤにかけた上着をきちんとかけ直してやる。  ふと、マヤの顔を見る。  案外と……  幼さをまだ残しているが、端正な顔立ちをしていることに気づいた。  美人になるな、こりゃ。  ゴロリと、助手席の窓に向かってマヤ は寝返りを打った。  長い髪が乱れ、マヤのうなじと耳があらわになる。  ん?  マヤの耳の裏に何かある。  暗くてよく見えないが、一瞬だが光をはね返して、それはきらめいた。  ピアスかと思ったが、マヤはピアスをしていない。  それに、耳たぶではなく、耳の裏だ。  起こさないように、マヤの耳をめくってみる。  耳たぶを触られたからか、マヤは歳のわりには艶かしい声を出して、顔をこちらに向けた。  マヤの目が、こちらを見ている。  起こしたか?  すまん、と小野寺が声をかけようとすると、マヤはまた目を閉じて、寝息をたてはじめた。  改めて寝たようである。  マヤが寝返りを打つ前の、ほんの一瞬だが、耳たぶの裏とアゴの付け根あたりに、小さな丸穴と、長方形の小さな穴が空いているのが確かに見た。  ピンジャックとUSBの端子?  まさかと思ったが、小野寺にはそう見えた。  もう一度確かめようとマヤに手を伸ばしたが、前のトラックが動き出した。  いつのまにか後ろにも一台、トラックが付いている。  仕方なく小野寺は車を発進させた。  生身の人間に、接続端子が備わっているなど、小野寺は聞いたこともない。  マヤの方に目をやり、確かめようとしたが、長い髪がまとわりついていて、よく見えない。  マヤが起きてから確認するか。  しかし、本人はその事を知っているのか? いや、気づいていない方がおかしい。  その時、小野寺は異変に気づいた。  後ろのトラックがやけに詰めてくる。  煽っているにしても、前にもトラックがいるので、意味がない。  なんなんだと、考えていると、突然、右のサイドミラーが眩い光を反射した。  後ろのトラックがハイビームにでもしたのかと思ったが、違った。  光は一瞬のような速さで小野寺の車の真横に並んだ。  単車か?  コツコツ。  と、窓がノックされた。  走っている車の窓をノックするなど、並の技術では出来ない芸当である。  窓を開けろと言うことか?  車とバイク。  しかもトラックに前後を固められている。  小野寺はとりあえず、逃走をあきらめ、窓を開けた。  見ると、車体もツナギも、ヘルメットまで真っ黒な一台のバイクがいた。  ドアを開けてぶつけてやるか?  そう思ったが、おそらくかわされるであろう。  それくらいは予測しているはずだ。  ライダーの左手が小野寺めがけて伸びてきた。  何か持っている。  スマートフォンのようだが、これを小野寺には渡そうとしているようだ。  少しためらったが、小野寺はそれを受け取ろうと、手を伸ばそうとした。  すると、漆黒のライダーはサイドミラーとバイクのハンドルが触れそうな距離まで車体を寄せ、車内にスマホのようなものを投げ入れてきた。  小野寺はなんとかそれを手で受け止めた。  それを確認すると、凄まじい勢いでバイクは走りすぎていった。  後ろについていたトラックも離れてゆき、前にいたトラックはゆっくりと右に寄り、ハザードランプを点滅させた。  追い越せ、といっている。  全部グルか。  小野寺はニヤリとした。  アクセルを踏み、前走のトラックを追い越す。  小野寺は受け取ったスマートフォンを見た。  なんの変哲もない普通のスマホである。  話がしたい、と言うことなのか?  なんにせよ、マヤ絡みの接触しか考えられない。  街中で遭遇したBMWとは同じ組織なのか? 違うのか?  東の空が空が白んできた。  マヤを拾ってまだ六時間程しか経っていない。  というのに、相手の反応の速さには驚かされる。  マヤが自宅でBMWの男たちの手から逃げて二日。  いや、もう三日目になるのか。  マヤは今までよく逃げ延びてこられたものだ。  いや、おかしい。  小野寺はマヤを見た。  マヤは公安に追われていると言った。  そして先ほどのトラックとバイクの奴ら。  同じ組織なのか、違うのか、はいいとして、そんなものを相手に、この少し間の抜けた女子高生が、小野寺と出会いまでの二日間、捕まらずに乗り切った、というのが今更ながら信じられない。  まいったな、これぁ。  謎しかない。  その時、スマホが着信を告げた。  来たか、と小野寺はスマホを手に取った。 「アナタの事、調べたわよ」  いきなり、そう言ってきた。  声の主は女だ。  流暢だが不自然な日本語のイントネーション。  外国人か? 「優秀な人じゃない。随分と落ちぶれちゃって。大変ね、オノデラサン」 「心配てもらってありがてえが、余計なお世話だ」  車のナンバープレートから照会して身元を辿れば、個人の特定など直ぐに出来てしまう。  相手は既に小野寺の過去まで洗い出しているらしい。 「で、アナタこれからどうするの?」 「今旅行のプランを考えてる途中なんだ。邪魔しないでくれ」  電話の向こうで女が笑った。 「そんな未成年連れ回して旅行なんて、警察に捕まるわよ」 「ずいぶんと俺のことを心配してくれるんだな。惚れたかい?」 「経歴だけ見れば、アナタに惚れちゃいそうよ」  うふふ、と女は笑う。 「光栄だが、得体の知れない女はお断りしてるんだ。ケツの毛まで抜かれそうでな」 「レディに下品よアナタ」 「あんたらぁ、何なんだい?」  と聞いても、答えるわけはないだろう。 「教えると思う?」 「ならまあ、ここでお話は終わりだ」 「今退いとかないと死ぬわよ。何がアナタをそうさせるの?」 「雇われちまったんだよ、この子に」  逃してくれと言って、マヤが差し出した二百万が頭に浮かんだ。 「ビジネスは信用が第一だ」  まだ受け取ってはいないが。 「五キロほど先にドライブインがあるの。そこにその子を降ろして、アナタは一人で旅行をつづけなさいな」 「それぁ出来ねぇ相談だな。寝ちまってるから起こすのもかわいそうだ」 「優しいのねぇ。ますます気に入ったわ」  いい迷惑だ。と、小野寺は鼻で笑う。 「また連絡するわ。そのスマホ、捨てないでね」  電話が切れた。  やはり相手は正体を明かしてこなかった。  当たり前と言えば当たり前だが。  マヤはまだ寝ている。  よく寝ていられるものだな、と小野寺は感心した。  さて、これからどうするか。  明るくなっていく空を見ながら、小野寺はタバコをが欲しいと、切実に思った。  
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