デザイナーのお仕事

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デザイナーのお仕事

「おっと…」  両手に持っていたスマートフォンから素早く左手を伸ばして、手近の手すりを掴む。毎日乗っている会社までの電車だが、リリース記事を夢中で見ているとつい車体が大きく揺れるポイントを見過ごしてよろけてしまう。  しかし今日は、自分の手掛けたクリエイティブが世間に初めてお披露目される日なのだ。手掛けたといってももちろん自分一人で作ったわけではなく、優秀なカメラマンやコピーライター、私の上司とも試行錯誤して作り上げたものである。それでもターゲット層である30-40代のママ世代がこのクリエイティブを見て、この化粧品買ってみてもいいかも、と思ってくれたらとても嬉しい。  街中でクリエイティブを褒めてくれる声を聞くことも、「瀬良(せら)陽子(ようこ)」の名前がでかでかと世に出ることもないのだが、それでも広告の効果測定として実際の売り上げやブランドの認知度などが上がっている報告を聞くと、達成感を覚えてにやりとしてしまう。  自分が作ったもので、世の中の人にどれだけ影響を与えられるか。これが大手広告代理店に勤めるグラフィックデザイナーの醍醐味だと、私は思っている。  電車を降りて会社までの大通りを歩いていると、5月後半の程よい日差しと暖かさを感じて心もぽかぽかとした気分になる。駅から会社までは歩いて数分の距離だが、そんな短い時間でも日差しを感じられるとちょっとした幸せな気分になるほど、私は晴れが好きなのだ。  大通り沿いを歩いていると、まもなくキラキラと日差しを反射する大きなビルが左手に見えてくる。通勤のピークはとっくに過ぎているので、通りを歩く人の姿もまばらだった。 「今日もやったりますか」  いい気分で朝を迎えた私は、正面玄関に向かって歩き出して一人、つぶやいていた。
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