一.

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一.

山奥の終点駅に、今日は鉄道マニアならずとも多くの人々が集っていた。 かつては避暑地として名を()せたこの街も、時代と共に栄枯盛衰、最近では打ち捨てられたホテルも目立ち過疎化が進み、市街のターミナル駅とこの駅を結ぶ赤と緑が鮮やかな三両編成の観光列車も、開通から百年以上が経った本日夕方五時の運行をもって、廃線となることが決まった。 過去に何度か駅舎は建て替えられ、三十年前が最後の改築、当時の流行りを取り入れた少しファンシーで奇抜なデザインで、駅の正面には開通時に植樹されたという大きな松が生えており、その松の横に並んで駅舎を背景に写真を撮るのが定番となっていた。 駅前は数台のバスが停まれる程の広さになっており、今日はそれを人並みが埋め尽くしていたが、しかしながら周辺の土産店や商店の多くはシャッターを閉ざし、廃線となる因果を物語っている。 私は廃線が決まったニュースを見てすぐに宿を取り、昨日から現地に前乗りして、駅舎も(さび)れた街並みも、それらを包み込むように周囲にそびえ立つ山々も一通り撮影し終えており、今日はむしろ()只中(ただなか)では無く俯瞰(ふかん)から記念式典の全体像を撮影しようと考えていた。 駅舎正面の左手には小高い丘があり、その中腹に通常の山道から少し離れて()ちかけの旧道が(わず)かに残っており、そこに最適な撮影ポイントがあることは既に調査済みである。 駅前の土産店でペットボトルのお茶を買うと、レジの脇で小さな椅子に腰掛け物憂(ものう)げに人混みを見詰めている小さな老婆が、 「こんな眺めは何十年ぶりかねぇ……これからここいらはどうなっちまうのかねぇ……世間様からすっかり忘れ去られちまうのかねぇ……」 と力無くため息をついた。
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