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あの夏、君と約束した
-ジワジワと、溶けるように暑い
-近くで、多分…アブラゼミかな?蝉が沢山鳴いていてうるさい。
-さっき買ったばかりのペットボトル飲料も、買った時まではヒンヤリしていたが今はもうぬるい。
-…最悪だ。
バス停で座りながら目的のバスの到着を待つ僕は、ただ空を見上げ、周りを見渡す事しか出来なかった。
携帯なんて外が明るすぎて画面に反射して長時間見れたもんじゃない。
-イヤホンは…くそっ、忘れた…
「あぁ…暑い…」
溜まらなく声が漏れてしまう、少しでも気を紛らわせる為の体が起こした生理現象なのだろうか、だけどその疑問に正解が見つかるはずもない。
空は雲一つない青空、日差しは容赦なく僕を照らし続ける。
-なんで今日、部活午前中だけなんだよ…
-こんな土曜の昼間に…こんな田舎…バスなんか来ないだろ…
時刻表を改めて見る、もう何度も見ている筈なのに。
何かの間違いで見落としてた、違う場所を見ていた、なんて…
そんな事は無い。時刻表の到着時刻はきっちり30分後の時刻が書いてあった。
「…はぁ…」
-このままじゃここで干からびるぞ…
小さいが屋根付きのバス停、その上部活で使用していた帽子を持っていたのが不幸中の幸い
少なからず日よけや団扇替わりに役立ってくれている。
-気を紛らわすために、なんか音楽でも聴こう…
そうでもしなくてはこの暑い中、蝉の声ばかり聞いていたら余計暑さを感じてしまう。
幸いここは一本道が続く田舎のバス停、周りも田んぼだらけで人っ子一人居ない。
周りを見渡した僕はなんとなく、周りの同意を得たような頷きをして音楽を携帯からかけ始めた。
好きなアーティストのバラード曲。
ほんの少しだけど、気持ちが落ち着き、冷静さを取り戻した。
ただ、暑いのは変わらない。気を紛らわせるだけの道具だ。
-あぁ…暑い…
「あぁ…暑い…」
ジャリ…ジャリ…ザッザッ…
砂の路上を歩く音がする
人が来た。先程確認した時にはこの一本道には人影もなかったのに。
-やばい、音楽止めないと…!
「あぁ!すいません!今止めま…」
「あ、そのままで大丈夫ですよ」
携帯に向けていた顔を声がする方に向ける。
そこには、白いワンピースを着た髪の長い綺麗な女性がいた。
帽子は麦わら帽子で、アニメや漫画で見る典型的な夏の女の子。
-か、かわいい…本当にいるんだこんな女の子…
「暑いですね」
そう言う彼女の顔はどこか幼く、でも大人びた雰囲気があって、夏のこんな天気でこんな暑さなのに汗も感じさせない表情だった。
-は、話しかけられた!あ、あぁ…えぇと!
「そ、そうですね!」
「お隣、良いですか…?」
「あ!どうぞ!すいません…」
僕は咄嗟に隣に置いていたエナメルバッグを地面に引きずり下ろすようにどかした。
「あぁ、そんな…すいません」
ペコッと頭を下げた彼女は僕の隣に座り、肩にかけていた小さい赤色のバッグを肩から下げ、自分の膝に置いた。
「良い…曲ですね…」
-曲…?あ!
「え?あ!すいません!うるさかったですよね?」
音楽を止めるのを忘れ再度携帯に手をかけた僕の顔に、彼女の横に振る手が目線を遮る
「あぁ、本当に大丈夫ですよ。私も…聞いていたいですから」
-…どういう事だろう、このアーティスト好きなのかな?
「あ、はい…じゃあ、遠慮なく…」
「ふふっ、はい」
片手で口元を抑えながら笑う彼女の顔は、言葉に出来ないほど魅力的で、とても綺麗だった。
そこから特に話す事も無く、数分無言で時間が経過した。
青い空、カンカン照りの日差し、流れるバラード、横には謎のワンピースの美少女。
-…アニメじゃん…
「…ははっ」
思わず僕は自分が置かれている状況化を想像して笑ってしまった。
-は、恥ずかしい…!
「あの…何か可笑しいですか?」
-うわぁ…反応されちゃった…
「あぁ!いえ!貴方の事じゃないんです!なんか、アニメみたいな状況だなって…ははっ…」
「アニメ…」
-あぁ、また僕は変に余計な事を…
「ふふっ、確かにそうですね…まるで、アニメや漫画のよう」
口を抑え行儀良く笑う彼女の顔を見て僕はホッとした。
この暑い中、肝が冷えたような感覚になったのもなんだか久しぶりだった。
「ところで、君は…えーっと…」
僕の方に顔を向け少し申し訳なさそうな表情をする彼女を見て、察しの悪い僕でも気が付いた。
「あぁ、名前ですか?」
「ごめんなさいこんな初対面でいきなり名前なんて聞いてしまって…」
「大丈夫ですよ、僕は隼人って呼んでください」
「ありがとうございます、隼人君」
-隼人君なんて呼ばれたの、なんだか久しぶり…かも…
「隼人君は学校帰りですか?」
「はい、そうなんです。土曜日も部活で、今日は早めに終わったんです」
「そうだったんですね」
納得している彼女の顔を見て、僕も彼女に聞いてみたい事を思い出した。
「あの、それで…僕は何と呼べば…?」
「あ!すいません、先に名乗らずに…」
「あぁ!いえいえ!全然気にしないでください!」
「穂香…と申します」
名乗るのと同時に座ったまま僕を見て頭を下げる彼女はとても品が良いお嬢様なんだろうと勝手に彼女の家柄を想像してしまった。
「あ、穂香さんですか!いい名前ですね!」
「ありがとうございます」
ニコっと笑う彼女の顔、自分の名前を名乗る彼女を見て、僕はなんだか懐かしいような、昔会った事あるようなデジャブ感に襲われた。
-…?なんだっけ…ほのか…?
「穂香さんは、どうしてここに?」
「私は、東京から来ておりまして、ここにはお婆様が住んでおりますので現在帰省しているんです」
「はぁー、なるほど!」
帰省中。その言葉に一つ疑問が浮かんだ
-帰省中って事は、昔ここに住んでた…って事…だよな?
「えぇ、久しぶりに来たものですから、時刻表に書いてある時間も忘れてしまっていて」
「あ、あぁ!そりゃ仕方無いですよね」
「隼人君は今おいくつですか?」
「僕ですか?」
「えぇ」
「僕は今年17歳ですね」
「そうですか、私と10も歳が違うんですね」
-…10?
-って事は…27歳!?
一瞬自分の中で言葉が処理できなかった。
自分が17歳であれば相手は27歳。てっきり同い年か、1つくらいしか違わない位の女の子なのに
-マジかよ…10も違うんじゃ全然知らない人だわ…
「えぇ!?全然見えないですよ…!」
「ふふっ、ありがとうございます」
「えぇ…嘘だ…」
思わず口からも独り言のように出てしまう程、彼女はお世辞抜きで若く見えた。
「…まだ…あの、お祭りはやっているんですか?」
お祭りとは、恐らく僕の地元の神社でやっているお祭りの事を言っているんだろう。周りでも祭りをやっているのは僕の地元位だし。
-祭り…?あぁ
「えぇ、確か今日からやってますよ!結構行くんですか?」
「えぇ何度か。私、ここの祭りが好きなんです」
「あ、そうなんですか?でもなんの特徴もない普通の祭りですよ?僕もここ最近は行ってないですし」
「ふふっ、でもいいんです。あそこに行く事が約束でもあるんで」
「約束、ですか?」
疑問の言葉を投げかけると、彼女は青空を眺め感傷に浸るようなどこか遠い景色を見つめていた。
「えぇ、大事な人と…」
-大事な人…彼氏か旦那さん…か…
「そう、なんですね…」
「はい、ただ向こうが約束を覚えているか…分かんないですけどね」
遠くを見つめ続ける彼女は物悲しそうに、唇を強張らせていた
「そう、なんですね…」
「でもいいんです、私は私でその人を裏切ってしまったので…」
「裏切っ…たんで、すか」
「えぇ、今回そのお詫びもかねていますので」
裏切りの内容が気になるが、とてもその事を聞くほどの度胸は僕には備わっていなかった。
「…あの…」
「はい?」
遠くを見つめる彼女が僕の方に向いた。
まっすぐなその瞳に目を合わせる様に僕も真剣な目で彼女の目を見る。
「分かんないですけど…約束、果たせると…いいですね」
暑い日差しが僕たちを照らすが、僕らは顔を背けることなく数秒間の沈黙が続いた。
彼女の瞳は、どこか悲しそうで…
でも、どこか暖かくて…
まるで…
「…はい」
優しく頷く彼女の姿に何故か胸が締め付けられる。
どうしてだろう。
そこから僕たちは特にこれといった会話も無く、時間が経過するのを待っていた。
僕らの間にある携帯だけが、自分の存在を示すようにバラードを歌っていた。
ー!-!
車のエンジン音が遠くから聞こえる。
この時間帯に来たという事は帰りのバスが来たんだろう。
「あ、じゃあ僕バス来たので…」
携帯の音楽を止め、立ち上がる僕の横で彼女はまだ座っていた。
恐らく違うバスを待っているんだろう。
「あ、はい。お気をつけて」
「ありがとうございます!穂香さんも、お気を付けて」
エナメルバッグを背負い、バスがバス停の横に付くのを待つ。
「穂香さんは、これじゃないんですか?」
「えぇ、私は…」
「そうですか、暑いので本当に気を付けてくださいね」
「ありがとうございます、隼人君も、ね?」
「あ、ありがとうございます」
不意に投げかけられた自分の名前に思わず照れてしまった。
-最後の最後でなんて恥ずかしい…
車のクラクションが鳴り、バスが横に付いた。
ドアが開き乗り込もうとした時、彼女が僕のワイシャツの裾を握った。
「うぉ…え?」
「あ、すいません止めてしまって…」
「あぁいえ、どうしました?」
「あの…これ…」
小さい赤い鞄から取り出したのは瓶状のラムネだった。
「えっ?」
「よかったらこれ、飲んでください」
「あ!ありがとうございます!」
渡されたラムネはとてもよく冷えていて、僕は手に取った瞬間至福のような感情に浸った。
「あぁ…まだ冷たい…!ありがとうございます!」
「ふふっ、それじゃお気をつけて」
「はい!あ、お返しとか…」
「いえ、いいんです。渡せただけで満足ですから」
手を横に振る彼女の仕草をみて、無理に言うのもなんだか気に障る気がした。
だけど、彼女はこのままだと断り続けるだろう。
「あ、じゃあ今日祭り来てくださいよ!」
「…え?」
「僕も久しぶりに今日祭りに顔だすので、そこで改めてお礼させてください!」
「…はい」
「それじゃ!また夜に!」
ペコッとお辞儀する彼女に手を振りながらバスに乗り込む。
乗り込んで、座席に座ってからも僕に手を振っている。
-可愛い人だな…
ドアが閉まり、発進するバス。
お互いが見えなくなるまで手を振り続けた僕たちは
まるで恋人のような関係なのかと周りの人に錯覚されるほどに違いない。
-…そう思いたい…
握っていたラムネはまだ冷えていた。
蓋を開けて、飲み口を押し出しビー玉がコロンと下に落ち、転がる音が夏をより感じさせた。
一口飲むと口の中に弾ける感覚が…
まるで夏の味が流れ込んでくるような…懐かしい味がした。
-…美味しい…
ふと窓を開け、後ろのバス停を振り返る。
彼女の姿は見えない、きっと座っているんだろう。
遠い景色を見ると、地平線が陽炎でゆらゆら揺れていた。
蝉の鳴く声、外は変わらず暑い。
車内は涼しいけど、外に出るとまた汗をかくだろう。
それを考えるだけで嫌になる。
でも…なんだか嫌いにはなれない。
そんな夏。
-なんか不思議な気持ちだったな…
-穂香さん、可愛かったけど…どこかで…
-まぁいいや、今日祭りで会った時聞こう
あの夏、君と約束した
-fin
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