探偵の彼と凡人の私

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探偵の彼と凡人の私

「ってことが、あったのさ」  なんてことのない、普通の日。  自分はいつもと変わらない毎日を過ごしてきたというのに、何故かこの友人はまた、面倒ゴトに巻き込まれていた。 「殺人事件に巻き込まれるの、これで何回目です?」 「もう覚えていないよ」  確か、密室殺人が、一番初めだったのではないか。  そのあと、毒殺事件に、替え玉事件に、無差別殺人に見せかけた計画殺人事件。  飲み物に毒物を入れた事件を聞いたあと暫くは、出先で淹れられた飲み物に警戒心しか芽生えなかった。  あげていけば、キリがない気がする。 「スリルを求めるのが好きなアナタには、ぴったりなのでしょうが、こうも続くと、驚きを通り越して、アナタが殺人事件を呼び寄せているのでは、と思えるくらいですね」 「僕個人は、適度にできて、少しのスリルがある事件で構わないんだよ。浮気の尾行とか、居なくなったペット探しとか」 「だいぶかけ離れてますね」 「僕はもっと、ゆっくりしたいんだ」  はあ、と大きく溜息をつきながら、彼はデスクに顎を乗せる。 「でも、今回は元々の予定だった、お祖父様のお墓参りは出来たのでしょう?」 「それは勿論。そのお土産が、その温泉饅頭だ」 「あれ?アナタ、確か限定販売の、大福を買ってくるのだ、と出発の時に騒いでませんでしたっけ?」  温泉饅頭ではなく、季節の限定大福を買ってくるのだ、と繰り返し言っていたような気がする。  桃の果肉、求肥と白あんを包んだ大福は、午前中の早い時間で売り切れてしまうから、最終日に、買って帰るのだ、と息巻いて出発して行ったのが記憶に新しいのだが。 「殺人事件が起こって、関わってしまった以上、はい、解決!はい、解散!とはなかなかいかないものさ……」 「なるほど」  はああ、と大きな溜息を吐く友人に、「まあ、食べたらいいんじゃないですかね」と温泉饅頭を差し出せば、彼は不満そうな表情をしたまま饅頭を食べる。 「で、次は何処に行くんです?」 「明日から鎌倉なんだが……一緒に行かないか?」 「ええぇ、そうしたら、また殺人事件起こるんじゃ…」  友人と過ごせることはとても嬉しいが、彼と違って僕は殺人事件の現場経験は少ない。  友人の推理力で、事件が解決していくのを見るのは誇らしいが、出来れば僕は平凡に生きていきたい。 「何度も言うが、僕は別に殺人事件を解決するために探偵になったんじゃない」  ぶすう、とむくれた表情をする友人に、くす、と小さく笑い口を開く。 「奇妙な君と、平凡を願う私の組み合わせなら、何も起こらないかも、しれませんね?」  そう言った私に、彼は、にこり、と笑顔を浮かべ、口を開く。 「けれど、僕は目の前に事件があるのならば、解決はするよ?」 「え……まさか」 「今更、行かないなんて、言わないだろう?もう宿も二人分でとってある」 「ちょっ」 「僕は優しいからね。あと5分だけ、待ってあげよう」 にこり、と笑う彼の前で、選択肢はあってないようなものだと、私はとうに知っている。 「今回は、初心に戻って密室殺人さ」  こうして、旅の報告の、最後の5分は、次の事件の始まりを告げる5分となったのであった。
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